溶け出すまでは
甘い香りが漂う。教室の雰囲気がいつもと違う気がする。
そう、今日はバレンタインだ。
女の子が想い人、あるいは友達、はたまた普段お世話になっている人に贈り物をする日だ。
「おはよう、幸平(こうへい)。」
俺の席の前に突っ伏している奴に声をかける。幸平は手をぷらぷらと挙げただけだった。どうやら一つも貰っていないようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
「幸平。もうHR始まるぞ。起きろよ。」
「うるせー。直人(なおと)には分からないだろ。」
ああ、分からないさ。お前がそんなに待ち望む気持ちなんて…。
「…ほら、先生も来たぞ。」
ちょっとだけ強く幸平の身体をゆすった。
―――
今日一日幸平と一緒に居たけれど、結局幸平は一個もチョコを貰えなかったみたいだ。隣には少し不機嫌な幸平がいる。
「ほら、もう帰るぞ。いつまで待っても来ないって。」
「わかってるよそんなこと。どうせ俺はもてないんだよ。」
「いじけるなって。ほら、これ…」
そう言って俺は鞄の中から包みを取り出した。
「まじ!?直人作ってくれたの?」
「まぁ、一応な。どうせ幸平は貰えないだろうと思って。」
「何だよそれ。…まぁ、ありがとう。直人は料理うまいからな!今食べていい?」
「別にいいよ。」
そう言って幸平は箱を開けて中のチョコを一つ摘まむと口に放り投げた。もぐもぐと美味しそうに頬張ってくれている。
「美味い!ほんと直人は料理うまいよな。来年も期待してるからな!」
「お前が来年も誰からも貰わなかったらな。」
そう言って二人で笑った。
いつまでも作ってやるさ。
お前のためなら、
お前が望むのなら、
その代わり笑ってくれよ。
俺のそばでその笑顔を見せてくれよ。
お前が誰か俺以外からの気持ちを貰うその時まで作り続けるからさ。
せめてその時までは…
俺の隣に
-END-
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