ボールとバットがぶつかる高い金属音がグラウンドに響いた。
その瞬間グラウンドの時間が止まった気がした。
貴博振ったバットはピッチャーが投げた白球をとらえていた。
バットにぶつかったボールが前へ飛ぶ。
その瞬間味方のベンチから歓声が上がる。相手のキャッチャーは呆気にとらえるようにマスクを外して立ち尽くしていた。
味方の歓声の勢いに乗せられる様に白球はピッチャーの頭上を越えた。
貴博は手にバットからの振動が伝わると同時にバットを手放し1塁へと全力疾走する。
ボールはピッチャーの頭上を越えるとセンター前へと落ちた。
素早くセンターが捕球して1塁へ送球する。
白球がファーストのグラヴへと飛んでいく。その間に味方の走者は次の塁へと走る。
貴博はヘッドスライディングで1塁へと飛び込む。
それとほぼ同時にファーストのグラヴにボールが飛び込んで行った…。
貴博がヘッドスライディングをした瞬間砂ぼこりが舞い上がった。
(お願い…。)
裕也は祈るように1塁を見つめた。良太も身を乗り出して1塁側を見ている。
いや良太だけでなくここにいる全員、味方も敵もベンチから身を乗り出して1塁をみている。
裕也は願った。
先輩はあの日のようにユニフォームを泥だらけにして誇らしげに立って笑っていると…。
そして、砂ぼこりが落ち着いたとき審判の大きな声がグラウンドに響いた。
それと同時に審判が判定を示す大げさなジェスチャーをするのが見えた。
「アウト」
審判は大きく上げた手を勢いよく振り下げた。
敵のベンチで拍手や安堵のため息がつかれているのがわかった。
味方のベンチでは残念そうに9回の守備の準備をしていた。
先輩は1塁に立ち尽くしていた。
ランナーだった2人の選手がベンチに戻るときに先輩の肩を叩いて何か声をかけていたが、先輩は何の反応も見せなかった。
ただ下を向いてベンチの方へ向き直ると歩くよりも遅いペースでベンチに向かった。
その背中はいつも以上に小さく何より頼りなく見えた。
あの日輝いていた泥だらけのユニフォームも黒く、くすんでいるように見えた。
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