何もない、まっさらなフローリングがそこには広がっていた。

何もない。今まで僕が使っていたベッドも机も何もかも…。

そう、ここには僕の居場所はなかったんだ。わかっていたはずなのに、何故だかとても虚しい気持ちになる。
ここには僕がいた痕跡はない。思い出はない。何もない。

それはこの部屋や、3つずつの椅子と箸、僕の予定がないカレンダー、その全てが僕に押し付けているようだった。

残してはいけないと思っていた。僕がここにいた跡なんて残してはいけないと思っていた。
だけど、その必要はなかったんだ。
最初からここには僕がいた事実なんてなかったんだ。きっと、僕が思い込んでいただけ…。

そして、僕の欲しかったものもここには無い。

唯一の君の笑顔…。一緒に撮った笑顔の写真、それすらもなくなっていた。

僕が生きてきた中で宝物と言える数少ないもの。君との時間を証明するもの。
記憶するなかであんなに笑ったの久しぶりだったのにな。それも幻にしなきゃいけないのかな…。

存在は嘘。優しさも嘘。本当なのは痛みだけ。

そうだ、晋也の家に行こう。晋也の家にも同じ写真があのコルクボードに貼ってあるはずだから。
晋也には悪いけどあの写真を貰って行こう。最後の思い出として、、、

ドアを開け外へと出る。バタンという音とともに中と外で空間が遮断される。

そして、僕がこの扉を開くことはもう無い。ここでは家族三人の幸せな人生が送られていく。
そこに僕は干渉してはいけないんだ。きっと、、、それだけで三人は幸せに生きていけるはずだから。

「じゃあね。」
返事は帰ってこない。当り前だ。誰もいないのだから。僕を送ってくれる人なんていないから…。

ただ少しだけ頬に冷たい風が刺さった。

前を向き歩き始める。晋也の家を目指して。
毎日のように通ったこの道…。
晋也が試合の結果を自慢しながら歩いた。
学校のことを話しながら歩いた。
夢について語りながら歩いた。

そういえば晋也、警察官になりたいって言ってたな。警察官になっていろんな人を助けてやるんだって。

晋也らしいな。晋也ならなれるだろうな。見たかったな晋也の警官姿。

きっとビシッと決まっていてかっこいいんだろうな。
きっとあのコルクボードにも写真が貼り付けられるんだろうな。あのコルクボードは晋也の幸せの軌跡なんだ。

だったら、僕もその軌跡に入れるんだろうか…。
君に何もしてあげられなかった僕なんかが、、、

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