階段を下りてキッチンにいる母の下に行こうとした。
しかし、キッチンから聞こえてくる声で僕は踏みとどまった。
…義父の話し声だ。
「食事なんてアイツに作らせておけばいいのに。」
「いいでしょ別に。それに貴方だって私の手料理食べたいでしょ?」
「あぁ。弥生子(やえこ)の作る飯は美味いからな。アイツとは違って。」
「ねぇ、お母さん。ご飯まだ〜?僕もうお腹すいたよ。」
「ちょっと待ってね。お母さんがいま腕によりをかけて作ってるからね。今日はお祝いだから剛弥の大好きなグラタンよ。」
「やった!お父さんもグラタン好きだよね?」
「あぁ、好きさ。お父さんはお母さんが作ったものなら何でも好きなんだよ。」
そんな会話が聞こえてきた。幸せそうな家庭だ。温かくて優しくて愛情にあふれた家庭。
ある一部分。僕の存在を除いては、、、
階段でひっそりと息を殺してこの会話を聞く僕の存在を除いては誰から見ても理想の家庭だったと思う。
それでも。それでも、僕は勇気を出してその空間へと続くドアを開けた。
とたんに僕に視線が集まる。さっきと同じ空間だとは思えないほど冷たかった。
「何だ?」
義父が強い口調で僕に問う。
その恐怖に駆られ僕は母に話しかけることができず、ただ「すみません。」と謝ることしかできなかった。
「どうしたの?私に用?」
母が優しい声で聞いてきた。けれど、義父はそれも気に入らないらしくこちらを睨んでいる。
そして、僕に近寄ると拳を作って振り上げた。殴られるそう思うのと同時に頬に強い衝撃が走った。
僕の体は後ろに倒れ、それを義父は冷たく見ていた。
剛弥君も母の袖をぎゅっと握ったまま訝しげに僕を見つめた。
何も言えなかった。言うことが出来なかった。
僕は「何もありません。」とだけ言って家を飛び出した。
怖かった。何を言っても反対されそうで、何をしても拒絶されそうで、、、怖かった…。
力一杯走った先は言うまでもなく僕を求めてくれる人の下。晋也のいる場所。