2人で歩く夕凪の道。良太は遠慮していつの間にかどこかに行ってしまった。
先輩はエナメルバッグを肩にかけて頭に帽子をかぶっている。
その姿はいつもに増してカッコよくて、泥に汚れたユニフォームが勲章のようだった。
道に伸びた2人の影はちょっとだけ先輩の方が長くて、それが何だか悔しくて先輩の帽子を取った。
それでも影の長さは変わることもなくて僕は頬を膨らませた。
先輩がやけに慌てた様子で帽子を取り返そうとする。僕は何だか意地悪したくなって帽子を持って走り出した。
ふと帽子に視線を落とすと帽子のつばの端に黒いペンで小さく文字が書かれていた。
近づけて見てみると、布に書いたせいで少し滲んでいたけれど確かに書かれていた。
その時、パッと横から手が出てきて帽子を取った。その手の主は言うまでもなく先輩だ。
先輩は顔を真っ赤にして帽子を深くかぶり直した。
「先輩、かわいい…。」
「うるさい!恥ずかしいからそんなに言うなよ!いいだろ、別に、、、」
先輩は相変らす紅い顔でそっぽを向いて言った。覗き込む僕の目を見ようとしなかった。
そんな先輩の仕草が愛おしくて、可愛くてたまらなかった。
帽子のつばの端に小さく書いてあった自分の裕也という文字が嬉しかった。
その滲んだ文字は他の所よりも土で汚れていたけど、それも嬉しかった。
「先輩こんなことしてたんだ、僕なんだか嬉しくてどうかなりそう。」
「何度も言うなよ、恥ずかしくてこっちがそうかなりそう…。別にいいじゃん。だって、、、」
「だってなに?」
僕はあえて先輩を問い詰めた。先輩は視線を合わせずに小さくボソッと呟いた。
「……裕也が好きだから…。」
先輩はそれだけ言うと顔を逸らして俯いた。顔をさらに紅く染めて…。
「先輩可愛い!大好き!」
僕は殆ど叫んだような声で言いながら先輩に抱きついた。先輩は恥ずかしそうにしていたけど掴んだ腕を放そうとはしなかった。
道に伸びた影も必然的に歪な1つになっていた。
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