俺の拳は見事に先輩の頬にヒットした。
先輩は驚いたのと急な痛みでバランスを崩して後ろに倒れた。
「『言っても悲しませるだから』って言っているけど、どっちにしても裕也は今泣いているんです!悲しくて泣いてるんです!」
そう言うと先輩は口元を拭いながら立ちあがった。顔は俯けたままだった。
「言い訳でも何でもすればいいじゃないですか。裕也にお前だけが好きだって言ってあげればいいじゃないですか!」
先輩が顔をあげて初めて目を合わせた。その目は少しだけ涙が溜まって赤くなっていた。
「俺だって分からないんだよ…。竜也の気持ちなんて全然気づかなかったし、いきなり告白されて何が何だか、、、」
この人は本当に優しい人なんだなと思った。優しすぎると…。
竜也の気持ちまで真剣に考えている。それ故、自分の気持ちを素直に出せていない。
俺なんかこの先輩と裕也が別れることを考えていたのに。竜也と付き合ってしまえばいいと思っていたのに…。裕也の気持ちも考えずに。
裕也がこの先輩のことが好きになった訳が少しわかった気がした。
「もっと裕也のことだけを考えてくれませんか?裕也が悲しくて泣かないでいいように…。俺じゃ駄目だから、、、」
「そっか、そうなのか…。俺今から裕也の所に行ってみる。言い訳でも何でもみっともなくても裕也と話してみる。」
「俺もついていきます。裕也いま誰とも会わないって感じでしたし。」
「ありがとう。」
その顔は吹っ切れたのか輝くような笑顔だった。裕也が大好きであろう笑顔だった。
・・・
「おばさん、またお邪魔します。」
「はいどうぞ。あら今度は2人なのね。」
「あっ!はじめまして本多貴博って言います。」
階段を上がって裕也の部屋のドアをノックして開ける。裕也はまだベッドの上で毛布にくるまっていた。
「裕也、先輩連れてきたからな。」
そう言うと裕也の体がびくついた。しかし、こっちを見ようとはしなかった。
「じゃあ俺は行くからな。」
俺はそう言って裕也の部屋を後にした。先輩は少し困った顔をしたが目で合図をすると頷いて部屋に入った。
俺は玄関のドアをあけ外へ出る。もう外は真っ暗だった。見上げると裕也の部屋の窓から明かりついているのがわかった。
「なにやってるんだろ、俺。伝えればいいのにな。
『裕也好きだ』って。」
俺は小さく呟いた。
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