「好き」か…。僕が何年も持ったことのない感情だ。
僕は同性愛者な訳ではない。まぁ異性にも同性にも興味を持っていなかっただけだが…。
男同士の恋愛など、笑顔で断るだろう。そして「ごめんね。」と言うだろう。嫌悪を感じさせない厚い仮面をつけて。
相手を傷つけないために。…いや、自分が傷つかないために。
でも、その相手は塩田君だった。初めて僕の心の中の暗闇の存在を見つけた人だった。
だから僕は正直に答えたのかもしれない。「わからない。」と。
「そっか。そうだなわからないよな。」
「うん、ごめん。今は自分の気持ちが分からない…。」
「いいよ。まぁ普通だったら嫌われるから、その分俺はまだ脈ありかな?」
塩田君はそう言って強がっていたけれど少し悲しい顔をしていた。
「じゃあ次はこっちの番。何でそんなに人をこわがるんだ?」
そうだった。そういう約束だった。
「やっぱり今度でいい?何か気持ちの整理がつかないから、、、」
「えぇ〜。こっちも告白したのに。死ぬほど勇気が要ったんだぞ。」
「わかってるけど…。」
「じゃあこうしようぜ。今日うちに泊まりに来いよ。」
「…無理かな。」
その時の僕の顔は一気に暗いものへと変わったと思う。だって僕には暗闇へと帰らなくてはいけないから…。
でも、塩田君はそんなのお構いなしに話を進めた。
「無理じゃない!このままうちに来いよ。着替えとかは貸すから。な?」
「でも、親が…。」
「親になら、うちの親に連絡させるから。はい!もう決まり。」
「でも、、、」
その時、塩田くんは、なかなか決断できない僕の手を取り荷物を持って走り出した。
引っ張る手はとても力が強かった。そして、とても温かかった。
僕は徒歩通学だけど塩田君は自転車通学だったので塩田君は僕に気を使って自転車に乗らずに自転車を押して帰ってくれた。
塩田君の家は学校からそれほど離れていないが剣道の防具を運ぶためには自転車通学をするのは当たり前だろう。
そこで不意に頭に浮かんだ。
「病院は?」
そう言うと塩田君はちょっと呆れたような顔をしてこちらを振り向いた。
「行かなくていい。ってか行く予定ない。気づかないなんて原野は鈍いよな。」
僕は何の事を言っているのかわからなかった。
「鈍いって何で?」
そしてまた塩田君は1つ溜息をついてこう言った。
「好きな人が頬にあざ作った顔で、あんな事したら気になって部活なんてできる訳ないだろ。しかも、保健室にも居ないし…。」
その言葉を聞くと急に恥ずかしくなって僕は顔を俯けた。
「ほらもう直ぐ着くぞ。あの大きな木が立ってるあの家だ。」
塩田君が指さした家はいかにも剣道や柔道をしている人が住んでいそうな純和風の立派な家だった。
塩田君は車庫に自転車を止めるとこっちと言って家の中へと入って行った。それに僕も続く。
塩田君がドアを開けようと手を掛けようとしたとき勝手にドアが開いた。
そして黒い喪服をきた女性が出てきた。この人は見たことがある。確か塩田君のお母さんだ。
塩田君のお母さんは慌てているようで塩田君とぶつかりそうになった。
「晋也。お母さんちょっとお通夜に行ってくるから晩御飯は何か適当に食べといて。それと帰りは明日になるかも。借金の話とかあるから…。」
「ちょっと待ってよ。今日友達泊めたいんだけど…。」
塩田君がそう言うとお母さんはやっと僕気がついたのかびっくりしたような顔で見た。
「君、原野君?」
「はい、そうです。」
「母ちゃん覚えてるだろ?剣道一緒にしてた…。」
塩田君のお母さんは確信したように僕の顔をまじまじと見つめた。
そうだろう、僕の家庭環境を知っているのだろう。子供には伝えなかったが親同士で家のことはうわさ話で知っていたのだろう。
その為か案外簡単に僕の宿泊も了承してくれた。親にはこっちから連絡しておくからと言って家の電話番号を聞かれた。
「じゃあ本当に何の構いもできないけどゆっくりして行ってね。」
と言って塩田君のお母さんは車庫の方へと走って行った。
「ごめんな。なんか慌ただしくて。まぁ入れよ。」
塩田君の家の中は畳の独特のいい匂いが漂っていた。
「何か食べるもの持ってくるから部屋で待ってろよ。」
塩田君はそう言うと2階にある自室へと案内した。塩田君の部屋は竹刀や大会のメダルなどで溢れていたがちゃんと掃除はされていてすっきりしていた。
部屋を見回すと机に隣に掛けてあるコルクボードに目が行った。
そこにはいつ撮ったか分からない剣道着を着た塩田君と僕の写真が留められていた…。
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