「で、要するに高1-Aは俺らに宣戦布告したわけか」
「そう、ですね。同じクラスだし、複雑だな」
「ニール、大事なことはもっと早めに言いやがれ」
「おい、ティエッ、ティエリアっ、ちょ、痛い痛い痛い痛い!!」

 休日の旧校舎の裏にライルの絶叫が響き渡った。生徒会役員と執行部員は球技大会に向けての練習前のストレッチをしている。
 本来二人組で行うストレッチというものは体格の似たもの同士がやるのが望ましい。そのため、最初は同室ペアで組んでやっていたのだ。しかしニールの「チームワークを築き上げる為に」という言葉でペアはローテーション性になったのだった。今日はニールとアレルヤ、ハレルヤと刹那、ティエリアとライルで組んでいた。そこでティエリアが日頃の鬱憤をライルに対して吐き出しているわけである。補足すると、前日にティエリアはハレルヤに対してもキツくストレッチ補助をしていたのだが、ハレルヤは身体が非常に柔らかかった。ティエリアはそれが気に食わず、前屈するライルの背中を押す手にも力がこもる。
 アレルヤの背中を押して補助していたニールは思わず溜め息を吐いた。

「おい、ティエリア、ライルが身体壊したらお前試合出ろよ」
「……痛くないですか」
「っ、はー……気遣うの遅すぎだろ、ティエリア……」
「ハッ!テメェが身体硬いんだろ」
「いやハレルヤ……前屈で胸地面につくやつあんまり居ないぞ。……もうストレッチは終わりだ。とりあえずもう大会直前だしミーティングな。そのあといつも通り2対3で試合」

 再び溜め息をついて、ニールは補助していたアレルヤの頭にぽんと触れてから告げた。その言葉を聞くなりティエリアは木陰に置いたキャンプチェアに腰掛けて監督体勢に入る。

「集まって下さい。作戦を言います」
「ティエリアの腕の見せどころだな」
「じゃあ、まず……」

 作戦を纏めるとこうだ。シュート命中率が高いニールとライルは相手のゴール下に必ずいてボールを持ったらとにかくシュートする。あとのメンバーはディフェンスとボール運びを行う。ディフェンスに関してはアレルヤとハレルヤがいれば十分行えるし、身長の低い刹那はパス回しの際に素早さを生かしてボールを運べる。シンプルだが最良の作戦だ。

「で、もし怪我とか病気とかで欠員が出たらティエリアはどう動くんだ?」
「指示を出します」
「だからどう動く「指示を出します」」
「わかった……」
「みんな反則と怪我にはくれぐれも気をつけろよ……」

 頑として身体を動かすことをしようとしないティエリアの言葉にライルが諦めた。決めたことは捻じ曲げないティエリアのことだから仕方がない。
 ひと通り細かい作戦を話し合い、生徒会メンバーは練習を始めた。


 


「朝のホームルームはこれで終わりだ。トーナメント表が決まった。黒板に貼っておくからみんな見ろ」

 大会の前日、とうとうトーナメント表が発表になった。ミハエルが勢い良く立ち上がって黒板の前にかけていく。未だカティの出ていったドアを見つめているパトリックと机に突っ伏しているハレルヤを置いてアレルヤも立ち上がり、歩いて黒板の前に行こうと、した。

「アァレェェェルゥヤァァアァァッ!!」
「へぶっ!?」

 突然振り返ったミハエルがアレルヤに見事なラリアットをかましたのだ。普段鍛えているアレルヤもこれには流石にひっくり返る。その直後アレルヤの悲鳴を聞いてハレルヤがガタンと立ち上がるとミハエルに掴みかかった。

「ミハエルッ!!テメェ何しやがる!!」
「だって!あれ!みろよ!!!ブロック違うせいでッ!お前らとは決勝でしか当たれねぇじゃねぇかあああああ!!!」
「あぁ!?」

 ミハエルも負けじと掴みかかって半ばやけになりながら黒板を指さす。思わず黒板を見たハレルヤは眉を寄せた。完全に生徒会チームと1Aのブロックはわかれていて、これでは勝負するのは決勝になってしまう。

「ミハエル……気持ちはわかるけど僕にラリアットする必要はなかったんじゃないかな……」
「だってえええええええ、っ痛あああああああ!!」
「だってじゃねぇよ青頭クソホクロ野郎!!アレルヤ、大丈夫か?」

 ハレルヤがミハエルを一発殴ってからアレルヤの腕を掴んで引き起こすと、アレルヤも改めて黒板に貼られたトーナメント表を見た。

「ああ……これじゃ勝負するのは無理じゃないか?」
「ふっ!お前らの負けは決まってるもんな!」
「……テメェそれマジで言ってんのか?お前も聞いたことあるだろうけどよ、毎年生徒会は強いらしいぜ?」
「そうだね……ニールとライルが居るから」
「お前らは一年のチームだし上級生押し退けんのも難しいだろーが」
「……あぁぁあ?ハレルヤ、俺らが勝てねぇっていうのかよ!」
「そうは言ってねぇけどよ」
「クッソおおおおおハレ、」
「ハレルヤ!!」

 またハレルヤに掴みかかろうとしたミハエルはパトリックがハレルヤを呼ぶ声で動きを止めた。ミハエルを見ていたハレルヤが振り返って少し面倒そうに眉を寄せる。

「あぁ?なんだよ」
「お前は俺らが負けると思ってるみたいだけどなぁ、甘い!甘すぎるぜ!」
「炭酸お前いつからそんなやる気に……」
「炭酸……お前、」
「すべてはッ!カティせんせにッ!俺の勇姿を見せるためぇぇえッ!」
「わかったもういいもうわかったから黙れ」
「クラスのためとかじゃないんだね」
「やるぞ皆!生徒会と執行部をぶっ潰すぞぉおお!!」

 大きくため息をつく双子をよそに、いつの間にか俄然やる気を出していたパトリックが雄叫びを上げた。球技大会は、クラスの男子の不安や自分のクラスと戦うことになる双子の多少の罪悪感を無視してやってくるのだ。





「よし!順調だな!」
「凄いですね、ニール。本当にシュートが外れない」

 生徒会は順調に勝ち進んでとうとう決勝戦進出を決めていた。この日のために練習をしていたこともあり、ディランディズのシュート率は目を見張るほどのものであった。ドリンクを配ってマネージャーもこなすティエリアは手元のトーナメント表をのぞき込んだ。

「今相手チームを決める試合中です。出ているのは3-Cと……1-A」
「あいつらやるじゃねぇか。本当に勝ち進んできやがった」

 ハレルヤがどこか少し嬉しそうに呟く。アレルヤも小さく微笑んだ。

「ああ、お前さんたちのクラスなんだな。まぁそれでも全力で行かせてもらうぞ」
「ニール、ライル、疲れてないですか?」
「大丈夫だティエリア。アレルヤとハレルヤにディフェンス任せっきりで良いからシュートに専念できて去年より楽だぜ」
「そうですか。アレルヤとハレルヤは……大丈夫だな。刹那、君は……」

 ティエリアが刹那に目をやってほんの少しだけ心配そうな表情を浮かべた。先ほど相手に思い切り突き飛ばされて転んだのだ。少しだけ肘と膝を擦りむいていた。

「大丈夫だ。大したことはない」
「ならいいが……」
「刹那、もしどこか痛み始めたら無理はするなよ。あとハレルヤ……お前……」
「……なんだよ?」

 ニールの言葉にそっぽを向いてドリンクを飲みながらハレルヤがとぼけた。先ほど刹那が突き飛ばされて怪我したあと、ハレルヤはライルにパスをすると見せかけて刹那を突き飛ばした選手の顔面にボールを当てたのだ。鍛え抜いたハレルヤの力で放たれたボールは相手選手を気絶させた挙句鼻血も出させることになり試合は一時中止となった。

「『おっと』とか言ってたけどあれは……」
「こんだけ試合してりゃ手が滑ることもあるだろうが。それとも失敗は許さねぇっつーのか生徒会長さんよぉ?」
「ツンデレ……ぐはっ!!」
「ちょ、ハレルヤ!今ライルが怪我したら困る!」
「手が滑った」

 ハレルヤが投げつけたドリンクのボトルが腹にヒットし悶えるライルの頭を撫でながらニールが溜め息を吐いた。

「とりあえず決勝は昼からだ。休憩!メシ食うなり対戦相手見に行くなり好きに過ごしていいぞ。よし解散!」
「ハレルヤ、行こう」
「しゃーねーな」

 ニールが解散を許すとアレルヤはハレルヤに声をかけた。無論、自分のクラスの様子を見に行くためだ。二人でライルが弁当代わりに作ったおにぎりを持って体育館へと向かっていく。

「ミハエルたち勝ってるみたいだけどどうなのかな」
「まぐれじゃ決勝までは来れねぇだろ。……やってんな」

 体育館ではまさに激しい試合が行われているところだった。二階の観覧席に座っておにぎりをかじりつつ試合の様子を見る。どうやら1-Aが勝っているようだった。

「ミハエルとパトリックはよく連携取れてるよね。もともと二人とも運動得意だし」
「でも他の奴ら結構バテてるな」
「まぁ……大会前にあんなに激しく練習してたんだしそのせいもあるんじゃないかな。というか、なんでミハエルとパトリックは平気なんだろう……」
「バカだからだろ」

 呆れたようなハレルヤの言葉と同時に試合終了のホイッスルが鳴った。やはり1-Aが勝ったようだ。ミハエルは双子が見ていることに気づいていたようで、終わるなり見上げて笑って見せた。

「ああ……本当に勝っちゃったよ」
「仕方ねぇな……あいつら試合中何するかわかんねぇから気付けろよ」
「ああ、わかってる」

 双子はおにぎりを食べ終えて立ち上がるとそのまま昼に備えて休もうと旧校舎に戻った。





「いよいよだな」
「……あのミハエルってやつと赤毛のやつ凄い勢いでこっち睨んでるんだけど大丈夫か?」
「かなり勝負に燃えてるからね……」

 こちらを睨む二人の気迫にライルが引きつった笑みを浮かべる。アレルヤが苦笑しつつライルの肩をぽんと叩いた。
 一方ニールはやはり刹那の様子を気にしていた。少し身をかがめて刹那の顔を覗き込む。

「刹那、怪我は大丈夫か?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ、ティエリアに迷惑はかけられない」
「刹那……」

 刹那の言葉にニールは思わず笑みを浮かべると刹那の頭を撫でる。視界の隅に赤くなるティエリアの様子も伺えた。

「おい、チビ。テメェ足手まといになるから余計なことすんじゃねぇぞ」
「ハレルヤが代わりに頑張ってくれるらしいぜ。チームだから頼れよ」
「おいニール誰がそんなこと言った」
「ハレルヤはほんとにツ……待て待て待て試合前だお前さんに殴られたらシャレにならねぇ」

 ハレルヤが拳を固めたのを感じ取ってニールは慌てて両手を上げて降参のポーズをとる。ハレルヤは鼻を鳴らして手の力を抜いた。ライルに比べるとニールには優しい。
 そしてとうとう審判が現れ、刹那の顔が真っ青になった。

「やぁ諸君!敢えて言わせてもらおう、私が審判であると!!」
「グラハム…っ、エーカー……!」
「やぁ、少年!君のチームが決勝に残り私が審判を務めることになると誰が予想しただろうか!これはまさに運命……!」

 顔を青くしたままじりじりと後ずさる刹那、ティエリアは小さく舌打ちした。

「刹那のガンプラクラブの顧問です。一言で言うなら変態ですね」
「酷いな」
「ああでもなんか……分かる気がする」

 刹那の様子を見ながらニールも納得したように頷いた。
 ふとミハエルが目つきを鋭くしてグラハムを睨んだ。

「審判!!そっちに知り合いがいるからって判定甘くするんじゃねぇだろうな!」
「ああ、それはないと断言しよう」
「なんかミハエルがどんどん攻撃的になってる気がするんだけど……」
「気のせいじゃねぇな」

 どんどん悪くなる状況にアレルヤは肩を落とし、ハレルヤは呆れたような顔をした。

「さあ、試合を始めよう!両チーム、コートへ!」

 とうとう、試合が始まった。





「どうぞ、ドリンクです」
「サンキュ、ティエリア。……アイツらタフだなぁ」
「迫力が凄い」

 ハーフタイム、どちらのチームも点は伸びていなかった。どちらもディフェンスが固かったからだ。アレルヤとハレルヤの防御は鉄壁でゴールされることはなかったし、ニールとライルのゴールがいかに正確でも途中でミハエルやパトリックに弾かれてしまう。お互いに激しい攻防を続けていた。

「ティエリア、良い作戦はないか?」
「考えているんですが……」

 ここまでこんなに苦労をしていないためティエリアも困っているようだった。アレルヤが少し悩みながらわずかに首を傾げる。

「ティエリア、一つ提案が有るんだけどいいかい?」
「なんだ」
「ディフェンスをニールとライルに頼んでオフェンスを僕とハレルヤにやらせてくれ」
「それをして何かメリットがあるのか?」
「えーと、ニールとライルのゴールは確かに正確だけど、ミハエルたちに阻まれて遠くからしか打ててない。だからカットされてしまうんだ」
「バカ正直でフェイントも大して使えてねぇしなぁ!」

 アレルヤの言葉にハレルヤが割り込んでくる。なんやかんやでこの勝負を楽しんでいることが伺えた。
 ティエリアが意見を求めるようにニールを見る。話を聞いていたニールはおかしげに笑った。

「このまま点伸びなくても仕方ないし、そうするか。考えてみれば最初から俺とライルが攻撃やるつもりだったからお前らがどんな感じか見てないしな。ここで見せてもらうぜ」
「うん、任せて」
「やってやんよ!お前らちゃんと守れよ!」

 楽しげなハレルヤを見てニールが目を細めて笑う。その時、ひんやりとしたものが頬に押し付けられてニールは飛び上がった。

「冷たっ!?……ライル!?」
「兄さん、そろそろ疲れてるだろ?練習だけじゃなくて球技大会の準備で忙しかったし」

 ニールの頬にドリンクを押し付けながらライルが少し心配そうに顔を覗き込んで尋ねた。実のところ、ニールはかなり疲労していたが、顔には出していなかった。しかし、やはりライルは見抜いていたのだ。

「ああ……まぁでも大丈夫だ。この試合で終わりだし。明日のサッカーはちょっとあんまり活躍できないかも知れないけど。心配するな」
「……ぶっ倒れる前には言ってくれよな」

 一方、刹那はティエリアにあれやこれやと世話を焼かれていた。

「試合中に少し血が出たようだな」
「ああ」
「絆創膏を変えておくぞ」
「ああ」
「他に痛むところはないか」
「大丈夫だ」
「頑張ってくれ」
「ああ」

 この素っ気なくも感じられる二人のテンポの良い会話はいつものことである。しかしわざわざ刹那の汗を拭ったり怪我の心配をしたりしているティエリアというのはなかなかレアであった。

「さぁ諸君、そろそろ後半戦を始めよう!私を楽しませてくれたまえ!」
「お前楽しませるためにやってんじゃねーんだよぉ!」

 グラハムの声がかかるとパトリックが叫びつつキョロキョロした。無論カティを探しているのだ。当のカティはパトリックに見つからないようにわざわざ応援の1-Aの生徒の後ろにしゃがんで隠れていた。
 コートの真ん中にミハエルとアレルヤが立つ。ミハエルがアレルヤを睨みつけた。

「お前のジャンプ力、ムカつく!」
「そう言われてもね。お手柔らかに」

 アレルヤが苦笑して言葉を返す。そして、とうとうホイッスルが鳴った。

「ナイス、アレルヤ!」

 アレルヤが弾いたボールをハレルヤがキャッチするなり流れるような動作でボールを運ぶ。またたく間にゴール下に来たハレルヤが思い切り飛び上がった。ダンクシュートだ。

「……すごい」
「だからハレルヤぁぁああ〜……そのジャンプ力反則だろぉ!!」

 眼を丸くする生徒会と執行部チーム一同、体育の時間に見慣れているため大きな溜息を吐く1-Aのメンバー、そして叫ぶミハエル。

「クソがぁ!行くぞ!ボールは離すな!取られたら入れられる!」

 ミハエルはパトリックにボールをパスした。素早い動きでパスを回し、フェイントによってディフェンスを突破してゴールした。

「チッ、お前らも攻守交代したのかよ!」
「試合が動かねぇと思ったからな!」

 舌打ちしたハレルヤに対してミハエルがにやりと笑った。
 お互いのチーム内で役割を交換したことで試合が動き、ゴールが入りはじめた。しかし徐々に生徒会チームが点を伸ばし、差が開いていく。時間も過ぎていった。

「クソがァああ!」

 焦ったミハエルが強引にボールを運んだことで、ディフェンスをしていたニールに体当たりすることになった。
 普段ならニールはこのくらいの衝撃でも立て直せたはずだ。しかし、今日はもう疲れ切っていたのだ。

「っ!!……、」
「兄さん!!」

 後ろ向きに倒れ込んだニールは受け身をとることもできずに床に頭を打ち付け、動かなくなってしまった。試合が中断する。ライルがすぐにかけよってニールを抱き起こし、ぺちぺちと頬を叩いた。反応がない。そっと後頭部に触れた。血は出ていないようだ。

「やっちまった……!なぁ、会長さん、大丈夫か?」
「わからねぇ……気失ってる」

 ミハエルもそばに駆け寄るとニールの顔を覗き込んで心配そうに声をかけた。ライルが小さな声で応える。顔が真っ青だ。
 すると不意にグラハムが近寄り、ニールを横抱きで抱き上げた。顔を覗き込んで様子を見る。

「私が保健室へ連れて行こう。カタギリが待機しているはずだ。試合を続けたまえ」

 そう言ってそのままニールを連れて体育館を出ていってしまった。ライルは座り込んだまま呆然として動かない。いや、動けない。立ち上がったミハエルがライルを見下ろして申し訳なさそうに眉を下げた。

「ご、ごめん……」
「……ライル」
「……、」

 動かないライルを見てハレルヤが名前を呼んだ。反応がない。

「……っの野郎返事くらいしやがれクソライルゥッ!!」
「うがっ!?」
「ちょ、ハレルヤ!ライルまで気絶しちゃうから!」
「……っ??」

 突然ブチ切れてライルの頭をごん!と殴ったハレルヤを慌ててアレルヤが羽交い締めにして取り押さえる。ライルは何が起こったのかと混乱しつつ痛む頭を押さえてハレルヤを見上げた。

「テメェふざけんな!心配なのはわかるけどそんなんじゃ負けちまうだろうが!忙しいのに練習してたニールに謝りやがれ!!」
「……、あー、ハレルヤ、すぐ殴るのはやめてくれ」
「あァ!?」
「わかった、分かったから」

 ハレルヤの言葉を聞いてライルが立ち上がった。痛む頭を撫でつつ気合を入れ直す。

「ちゃっちゃと片付けて兄さんの様子見に行くぜ!」
「……、させるかよ!」

 ライルの様子を見てミハエルもようやく安心して笑みを浮かべた。試合の続きができそうだ。

「ティエリア、どうする?試合、入ってくれるか?」
「ええ、入ります」

 ライルのかけた言葉にティエリアはすぐさま頷いた。こういうところがティエリアの信用のおける所であったりする。ニールの代わりのポジションに入った。

「ねぇ、審判がいなくなってしまったんだけど」
「そう言えばそうだな……」
「私がやろう」
「!!カティせんせぇええぇえッふんがッ!?」
「やかましい」

 審判の代わりを申し出たのはカティだった。飛びついてくるパトリックを軽く拳で払う。ライルが小さく頷いた。

「ああ、カティ先生か。1-Aの担任だからって贔屓することないような人だから大丈夫だろ」
「位置につけ。始めるぞ」

 いよいよ試合が再開した。残り時間はもう少ない。カティが近くで見ているという事で動きがさらによくなったパトリック、ニールの抜けた穴を埋めるために動くティエリア、勝利を目指すミハエル、こちらも勝利を目指すアレルヤとハレルヤ、ニールに早く会いに行きたいライル。激しい試合だ。
 そして、とうとう試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

「「ちっくしょおおおおおおお!!」」

 同時に叫んだのはミハエルとパトリックだった。僅差で生徒会チームが勝ったのだ。タフに動いていた1-Aの一同だったが、そうとう疲れていたのだろう、終わった瞬間にみんな倒れ込んでしまった。ハレルヤとアレルヤが倒れ込んだミハエルとパトリックを覗き込む。

「俺らの勝ちだぜ」
「大丈夫?」
「……くくっ、楽しかったー!」

 腕で目元を隠していたミハエルが腕をどかしてハレルヤとアレルヤを見上げて笑った。アレルヤが思わず破顔してしゃがみこんでとん、とミハエルの肩に触れる。

「ミハエルのそういうとこ好きだよ。お疲れさま」
「明日はサッカーが有るんだからヘバッてんじゃねぇぞ。目指せ総合優勝だ!」
「おう!」

 頷いたミハエルとパトリックを確認して双子は立ち上がる。副会長と他の執行部員と目を合わせて頷いた。

「兄さんのとこ行くぞ!」
「ああ、勿論」

 みんなでそのまま走り出して体育館を出て保健室へと向かう。疲れているはずなのにライルは早かった。着くなりガラリと大きな音を立てて扉を開け放つ。

「ライルっ、保健室は静かに、」
「兄さ…っ!?」

 アレルヤの忠告も聞かずに叫ぼうとしたライルの目に飛び込んできたのは、覆いかぶさるグラハムと必死に肩を押して抵抗しているニールだった。ライルが立てた音でニールは半泣きで視線を出口へと向ける。

「ラ、ライル…っ!」
「……、兄さんに何してんだこの変態教師いいぃぃっ!!」
「ちょっ、」

 一気に頭に血が上りグラハムに殴りかかろうとするライル。教師を殴るなど下手すれば停学になりかねない。 思わずアレルヤが止めようとしたが、間に合わずライルが拳を奮う。しかし、その手はぱしりと音を立てて止められてしまった。

「なっ!?」
「教師に暴力を奮うのはいかがなものか!」

 グラハムがライルの拳をつかんだまま不敵に笑う。ライルは手をひこうとしたが強い力で離れない。

「生徒襲ってる教師こそなんなんだよ!離せっ!」
「君も同じ顔をしているな。白い肌、透き通った瞳……おとぎ話の眠り姫のようだ!」
「なんなんだよ!!」

 ライルは鳥肌を立てながら後退ろうとするがうまく行かない。その時!

「グラハムっ離せえええ俺の仲間に触れるなァァっ!!」

 刹那がグラハムの頭目掛けて戸惑うことなく飛び蹴りを食らわせた。中々ない刹那の怒りを爆発させた姿にアレルヤとハレルヤが呆気に取られる。グラハムの力が緩んだ一瞬の隙をついてティエリアがライルの腕を掴むグラハムを引き剥がす。

「走れっ!逃げろ!」

 ティエリアの言葉で我に返ってハレルヤがニールを抱き上げて保健室を出て走っていく。残りのメンバーもそれに続いた。

「なんなんだあの人は!!」
「兄さんっ、大丈夫か!?何もされてない!?」
「大丈夫だ!ってかハレルヤ、下ろしてくれ!恥ずかしいから!俺も走れる!!」
「うるせぇ!黙ってろ!!」

 グラハムとの追いかけっこは他の教員によってグラハムが取り押さえられるまで続いた。





「あー、やっと終わったな……」
「お疲れ、ニール」

 翌日、球技大会の終わった日の夕飯の食卓でニールがやっと落ち着いたという風に息を吐き出した。

「結局お前ら一年なのに総合優勝したな」
「ミハエルと炭酸が頑張ってたからな」

 夕飯のカレーライスをモグモグと食べながらハレルヤが頷く。今日の当番はアレルヤだったが、疲れていたこともありハレルヤと二人で作ったものだ。

「あと、ティエリア。俺が抜けてから頑張ってくれたんだってな。助かった」
「当然のことです」
「つーかよぉ、あれだけ動けるんなら最初からやれよ」

 ハレルヤがそう言うとティエリアにぎろりと睨まれた。軽く肩をすくめて目を逸らす。流石にもう喧嘩する気力もなかった。

「兄さん、もうあとちょっとで夏休みだからゆっくりやすんでくれ」
「ライル、お前もつかれてるだろ。大丈夫だから心配するな」
「そう言ってこの前の試合ぶっ倒れただろ」
「あー……」

 反論の余地なし。あれからミハエルはわざわざ旧校舎を訪ねて謝りにきた。試合中の事故だからニールは気にしていなかったのだがやはり申し訳ないと思っていたらしい。そういうところはきっちり育てられていることが伺えた。

「夏休みはのんびり過ごしたいなぁ」
「何して過ごす?アレルヤ」

 ふと、夏休みの話題が上る。ニールがアレルヤとハレルヤに目をむけた。

「ああ、お前さんらには言ってなかったけど、夏休みは合宿するから」
「……はぁ?」
「え?」
「合宿?」
「合宿してなに鍛えるっつーんだ?あぁ?」
「まぁ落ち着け、詳細はまた話すから。な?」

 笑みを浮かべるニールの言葉に双子が首を傾げ、夏休みへの僅かな不安を抱きながら夜は更けて行った。





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