友達になりました


尾浜くんとメアド交換をしてから数日後、彼とはちょくちょくメールをしていた。
彼はどうやらスイーツが好きらしく、駅前に出来たケーキ屋さんがお気に入りらしい。一度、一緒に行かないかと誘われたが、休日は部活があるので遠慮した。
それに、駅前ということは学校の誰かに見られる可能性もある。せっかく、彼が気を利かせて、学校ではあまり話しかけないようにしてくれているのに、そこでバレたら水の泡だ。
(何故そのようにしてるかというと、彼が「女子に知られたらイジメとか大変でしょ?」、と心配してくれたからだ)
(なんで水の泡かと言われれば、彼に「俺をちゃんと知ってから、答えを聞かせて。待ってるからさ」と言われたからだ。ここまで言われたら、流石に私もきちんと彼のことを考えなければ失礼だ)


さて。そういうワケで、尾浜くんと友達を始めてから初めての休日。
部活は午前中で終わったのだが、自主練のために午後まで残ることにした。

「よお、苗字」

ガコン。自販機から出てきたアクエリを取り出しながら、声のした方を見ると、ボサボサ頭のヤツがいた。

「竹谷じゃん。部活は?」

『尾浜勘右衛門』の友人で、時期サッカー部部長の『竹谷八左ヱ門』が立っていた。
彼とはたびたびトレーニングルームで顔を合わせていたし、壮行会とかで話をしたことがあったから、そこそこ仲が良い。

「ねえーけど自主練しに来たんだ。お前は?」

「まあ、似た感じ」

「んじゃ、一緒にトレーニングルーム行こうぜ」

日の光を反射させながら鍵をくるくると回す八左ヱ門に、頷いて返事をする。
それを確認した八左ヱ門は私が彼の横に行くと共に歩き出した。
トレーニングルームまで距離はなく、あっという間に着くと、彼は慣れた手つきで鍵を開けた。

「そういや、勘ちゃん……ああ、尾浜に告られたんだってな」

扉をしめた八左ヱ門は思い出したように呟いた。
じとりと彼を睨めば、「何かあったのか?」と言われたので、告白と強制メアド交換について話してあげた。

「でも、メールしてんだろ?」

がっしょんがっしょんと、トレーニングマシーンを動かしながら、八左ヱ門は首を傾げていった。

「まあっ、ねっ!案外っ、おもっ、しろい、ふっ……人ぉっ、だったか、ぅらあ!」

「腹筋しながら喋んなよ」

呆れた八左ヱ門をよそに腹筋を続ける。お昼に何も食べなかったから、元気はあまりないが、腹筋しても気持ち悪くならない。

「俺はオススメするぜ」

「なに、うおっ!」

よし。あと、腹筋2回!!
最後の力を振り絞り、腹筋を終えると、足を外して、近くにあった椅子に座った。

「何って勘ちゃんに決まってんだろ。性格良いし、勉強出来るし、ぶっちゃけお前には勿体ないぐらいだ」

「私もそう思う」

「けどな、俺は勘ちゃんとお前が付き合えば良いと思う」

「なんで、そうなる」

どうして、尾浜くんと私が釣り合わないということが分かってるくせに、そういう結論に至るんだ。

「それは、すぐに分かる。ふーっ!」

マシーンから離れ、ボキボキと肩を回しながら、こちらに来る八左ヱ門。
すぐに分かるとはどういう意味なんだろう。そう思ったのと、ガチャリとドアノブが回る音が鳴ったのは同時だった。

「八、苗字さん!お疲れ様」

開かれたドアの向こう側には大きなバスケットを持った尾浜くんが立っていた。


なぜ、彼がココにいる。


おそらく原因であろう、隣に座った八左ヱ門を見れば、明後日の方向を見ていた。
人を売りやがったな、コイツ。

「良ければ、3人でお昼食べよう」

「おおっ!勘ちゃん、ありがとう!!」

「……」

「苗字さん?」

「…………苗字、分かったから睨むな。あとで、ジュース奢るから」

「ありがとうございまーす」

「(こういうトコ、ちゃっかりしてんだよなぁ)よし、勘ちゃん、ここで食おうぜ」

八左ヱ門はガタガタと部屋の隅にあったテーブルを出した。
しかし、そのテーブルは少し汚れていたので、八左ヱ門が雑巾を絞りに出て行った。

つまり、尾浜くんと2人っきりだ。
メールをしていたのとは訳が違い、何よりあの日以来の2人っきりという環境に気まずい空気が漂う。

どうしようか。話しかけるべきか。
そう悩んでいると、ふと髪が軽くなった気がした。気になって振り向けば、尾浜くんが私の髪を持ち上げて匂いを嗅いでいた。

「ななななっ!」

突然のことに口が回らない。
さっきまでトレーニングしていたから汗くさいに決まってるのに、それを嗅がれているなんて。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

「ん……いい」

何、頬を染めて嬉しそうに笑ってるんだ。こ、こんな部活バカで汗くさいヤツの匂いなんかいい訳ないでしょ!!

「おおお尾浜くん!何をしてるのっ!?」

「何って……苗字さんの匂いを堪能してる?」

「こっちに聞かないでよ!とにかく、嗅ぐのやめて」

「んん、や」

即答された。いや、即答どころか、髪を嗅ぎながら、抱き締められた。

「ちょっ!汗くさいし、濡れちゃうよ!!」

必死に抵抗するが、彼はぎゅうっと私を抱き締めて放さない。
尾浜くんとの距離が近いからか、甘い香りが彼から漂う。そういえば、彼の部活は調理部だったよな。だから、甘い匂いが…………って、違うぅうううううううう!



ガチャリ。

「お、勘ちゃんが素だ」

開かれた扉から嬉しそうに声を上げる八左ヱ門。
今お前なんて言った?素?尾浜くんの素がコレだと?

「勘ちゃんなあ、親しいヤツにだけはすんげぇ甘えん坊なんだよ」

すぐ側で何事もなかったかのように、テーブルを拭く八左ヱ門。
いや、お前、解説はあとで良いから助けろよ。もう恥ずかしくて、身体中熱いんだからさ。

八左ヱ門に助けを求めようと口を開いた瞬間、私の耳元で尾浜くんの声が響いた。

「違うよ、八。名前ちゃんだから、こうしたいの。俺の大事な子だから」

「なっ!」

「お、とうとう名前で呼ぶ仲になったか?」

「え……今、俺、名前呼んじゃった?って、名前ちゃん!!」



そこから先は覚えていない。
次に目が覚めたときは家にいて、携帯には「ごめんね」という内容のメールと留守番電話が入っていた。



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