くすくす。
こそこそ。
周りからぶつけられる好奇の視線。
それに構わず荷車を引くが、体育科校舎まではまだまだ距離がある。
くそぉ。なんで体育科と芸能科、同じ方向にあるんだよ。
前田先生に頼まれた仕事をするべくカバンを荷車に積み、試しに引いてみると、普通科校舎から体育科校舎へ向かうための曲がり角までは下り坂だったので楽だった。
しかし、右折して体育科校舎までの道を見ると、ワォ!ぐにゃぐにゃ曲がり道な上に、下りと上りが入り交じってる。
というような感じだったため、今、何回目か忘れたけど、ツラーい上り坂を歩いてます。
そして、タイミングが悪かったのか、授業が終わったらしい芸能科集団のド真ん中で荷車を引いてます。
周りがやたらめったらキラキラしている上に、たまに視界に入るバックやらアクセが、平民な私でも知ってる有名ブランドばかりで、明らかに浮いてます。
こんな庶民が芸能科の方に来てすみません。
視線を地面に向けて、ただひたすら歩く。
恥ずかしくて、顔が真っ赤なのはご愛嬌だ。
ガコン。ふ〜、一休み一休み。
荷車を道の脇に寄せて、休憩を取る。
芸能科集団を無事に抜け、体育科までの距離は残り半分となった。
こんな重労働になるんだったら、なんか飲み物でも買っておけば良かったな。
額にかいた汗をタオルで拭いながら、そう思った。
あたりを見渡しても、水道や自販機は一切なく、ただ道があるのみ。
カラカラの喉は潤いを求めているのか、空気を吸ったり吐いたりする度に、かすれた音を奏でている。
体育科に行けば、自販機は確実にあるだろうから、それまでの辛抱か。
「どっこいしょ」
ババくさいとは思ったけど、普段運動をしていない体はこういうことでも言わないとキツいぐらいまでキている。
とは言っても、しばらくは下り坂が続いているから楽だろう。
そして、ゆっくりと最初の一歩を踏み出したとき、変な音が耳に入ってきた。
「な、なに?」
キョロキョロと周りを見ても、自然があふれているだけで、おかしいところは何一つない。
じゃあ、なんなのだろう……この土砂崩れみたいな、ドドド!という音は。
「其処の者ぉおおお!!!」
「はぁっ!?」
突然聞こえてきた人の声に驚き、情けない声を出しながら、音の発生源らしき方向を見る。
そこには、先ほどのイノシシ以上に砂ぼこりを立てて走っている人がいた。
一体、誰なのだろうか。声からだと、どうも男の子みたいだけど。
その人物の顔を認識しようとしたが、超人的なスピードで走っていた彼は、すでに私の目の前まで来ており、急ブレーキをかけて、下を向いた。
どうやら息があがったらしく、肩が大きく上下している。
「だ、大丈夫ですか?」
「む、心配ござらん。其れより……」
私の声に反応し、顔を上げた彼は動きを止めた。
分かりやすく言えば、石のようにピシッと固まってしまったのだ。
ただ石と違うのは、その顔があっという間に真っ赤に染まっていったことだ。
「お、おおなごっ!?」
そして、急に動いたかと思うと、数歩後ずさり、かなりどもりながら叫んだ。
なんだか、言葉遣いと見た目があってないような気がするけど……(さっきのワケ分かんない状況を誰一人おかしいとは言ってなかったので)きっとこういうのも、この学園内では普通なんだろうな。
「そうです、けど?」
おそるおそる肯定すると、目の前の彼は体を大きく揺らしたあと、首を左右に振り、何かを考えるような表情をした。
その時に、彼がつけいる赤いハチマキと腰まで長く伸ばした一房の髪が大きく揺れた。
その光景を見て、大型犬を連想した私は間違ってはいないはず。
「す、すまぬ。某、おなごには慣れておらぬ故、失礼な態度を取ってしまった」
「いや、気にしないで下さい」
別にそこまで変じゃなかったし、むしろ可愛かったからね。
「なんと、御心の広い方であろう!某、感動致した」
「いやいや、これぐらい普通ですから」
「御礼にこの荷車、ひかせていただく」
スルーかよっ!
そう口に出す前に、荷車の引き手を持った彼にびっくりして、慌てて制止させた。
「それは私が前田先生から体育科の武田先生に持ってくように言われた荷物だから、あなたに運んでもらうのは悪いです」
「ふむ。やはり其方が御館様がおっしゃっていた御方か」
「え?」
御館サマ?おっしゃっていた御方?
全く繋がらない話に、ついていけずにいると、目の前の彼は納得したのか、笑いながら私に喋りかけてきた。
「某は御館様…いや、武田先生より其方の助力になるべく遣わされた。この様な荷物を其方1人で運ばせる訳にはいかぬ故」
言い方は古くさいが、要するに武田先生が私に気を使って、助っ人をよこしてくれた……ということか。
なんて優しいんだろう、武田先生は。
この荷物を押し付けたヘタレ教師とは全然違うわ。
「あ、ありがとう」
「っ!そ、其方……」
「?」
「いや、何でもない」
そういって彼は俯くと、「行くでござる」と小さく言って歩き始めた。
私は置いて行かれないように歩いて、その後ろ姿を追った。
待って。と叫ぼうと思い、ふと気付いた。
彼の名前が分からない。それどころか、学年も分からないから、敬語を使うべきか否か分からない。
それに気付いた私は、彼の横に並ぶとその横顔を覗きながら、問いかけた。
「名前と学年、聞いても良いですか?」
「ハッ!?」
彼は驚いたらしく、ぐるりとこちらを向いた。
あー、私が自分の名前を名乗ってないのに、名前を聞いちゃったからいけなかったのかな。
「私は普通科1年の苗字名前です」
「……苗字殿でござるか。某は体育科1年の真田幸村と申しまする」
にぱっと嬉しそうに答えた彼。
………………え、こんなに立派な体なのに1年なの?お、同い年ぃいい!?
「どうしたのでござる、苗字殿?」
「あ、あ、ナンでもないよ」
驚きの余り、知らず知らずのうちに足が止まってしまっていた。
すぐに足を動かし、彼との距離をつめて、また隣に立つ。
真田くんは少し顔を赤くしたが、しばらく目を泳がせると、喋りながら歩き出した。