千変万化 | ナノ
誰もいない



「あ―ぁ。今日はもう月に会いに行けないな…」

口に出したら、気持ちがさらに落ち込んだ。


「…責任、取れよ?」

床に転がるそれを軽く蹴り上げる。

「…かはっ、ご、めんなさい…!!」

今更謝罪?
遅い、遅すぎる。

涙目でこっちを見るのにも、心底うんざりする。


倒れる相手の前髪を掴み、しゃがんで位置をあわせてやる。

優しいね、俺。
月にしか本当の優しさはあげないけど。


嘘の笑顔で、にっこりと笑ってやる。

「 ゆるさない 」



恐怖と驚愕で強張った不細工面を、笑顔のまま床に叩きつける。

鼻の骨が折れたのか、血がまた溢れ出してるけど、どうでもいい。


四肢は全部間違った方を向いてる。
指も取れてる。
傷のひとつやふたつなんて今更。

どうせ死ぬんだろうから。

…やったのは俺だけど。


おかげで今日は月に会いに行けない。
汚い返り血で汚れたから。



「会いたい。」

純白のような、翳りを帯びた彼。
綺麗に美しい目を細めて、手を伸ばして欲しい。


そのためには。

「早く帰って、風呂に入ろう」

彼の好きな蒼い髪から、まだら模様の錆色を消さないと。




立ち上がって去る前に、寝転がるそれに注意しておいた。

「汚いその口に、二度と月の名を乗せるなよ?」

聞こえてないのか、返事はない。
だが気にせずきびすを返した。



“地球”
世界にひとつだけの声が自分を読んだ気がした。




俺の世界に、
彼以外の命は無い。



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