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たった一言なのに、声はみっともなく震えた。
こんな静謐で綺麗な夜に、感傷的な人間に寄り添うなんて。
卑怯だ、と音もなく再び呟く。吐き出された息に空気が弱く震えた。
迂闊にも星が滲んで、唇を噛み締めながら俯く。
ずっと押さえ込んできた感情たちが暴れまわる。
あの日から溜め込んで、今にもあふれそうな俺の中の激情に今にも飲まれてしまいそう。
だめだ、自分を許してはいけない。繰り返してはいけない。
戒めを心の中で繰り返す。今までに何度も呪文のように唱えてきた。そうやって乗り越えてきた。
その俺の心に血を流させる鎖を、幾重にも重ねていく。
せめぎあっていた感情が収まっていく。まぶたの熱も落ち着いていく。
そう、なるはずだったのに。
「・・・っ、」
何も言わずに頭の上におかれた手。
人の体温。
その温もりに、何かが崩れ壊れた。
それはきっと俺が必死に作り上げてきた心の壁。
丹念に作りすぎて外し方がわからなくなっていた偽りの仮面。
「・・・ばっかみたい・・・っ」
勝手にあふれ出す涙は止まらなくて、悔しくて悔しくて、だけどどうしようもなく切ないほど嬉しくて。
抱き寄せられた腕の中は、真綿のように優しく温かかった。
嗚呼、なんて綺麗な星空。
織姫と彦星は無事につかの間の逢瀬を楽しんでいるのかしら。
嗚呼、素晴らしき。
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