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「・・・恋したわけじゃなかったんだよね。なんか、惹き付けられたんだ。」
彼の明るさが眩しくって、微笑ましくって、きっと救ってくれるって思ったんだ。
一緒にいたら、俺の世界もきらきらしたものに変わるって思えた。
この世界ってほら、こんなにもつまらないじゃない。
ぽつりぽつりと、確かめるように言葉を紡いでいく彼は、困ったように微笑んだ。
後悔でも悲しみでもないそれは、むしろ諦観に近い。
「・・・綺麗な幻想が、見れたかい?」
淡い茶色の双眸を見つめながら、静かに尋ねた。
「…そう、だね。きっと綺麗だった。」
「それは良かった。」
少しうろたえながらも、確かにこくりと頷いた彼に柔らかく微笑む。
気休めだろうけれど、美しかっただなんて素敵じゃないか。
ある舞台を見たのだと思えばいい。
綺麗な思い出にできるよ。
ひゅっと息を飲んだ副会長は、わらった。
そうだね、と呟いて、音もなく笑う。
儚く悲しげで弱々しく、だけれど清々しくも見える。
泣き笑いに近い、何かに安堵したような笑顔だった。
いいなあ、と少し嫉妬と羨望を感じた。
俺と似ている彼は、陽への想いや陽を思って過ごした日々を、綺麗な思い出として消化できるんだ。
いいなあ、とあまり強くはないが、ぽつりと思った。
俺は、昔も今もこれからも、ずうっと幻想の中に漂っているようだけれども。
その幻想は、ちっとも綺麗じゃないもの。
思い出にはしがたいほど、生々しく醜いもの。
消化できず、前に進めず、足掻いて諦めて、また埋もれてゆく。
いいなあ、と俺に似て非なる彼を恨んだ。
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