短編 | ナノ
(チョコください)
寒さが少し緩んでくると共に、否が応でも飛び込んでくるアイツ。
雑誌の表紙を飾り、本屋の中心を分捕り、女子の話題を独占する。
「…いいかげんにしろよ、バレンタイン」
そしてコンビニの棚まで染められたんじゃ、俺がぼやくのもしょうがない。
バレンタインデー
チョコ会社の陰謀だ、別に期待してない、ああ忘れてた、エトセトラエトセトラ。
貰えないと思っている奴は、大抵そう呟く。
欲しい奴や貰えそうな奴は、それとなくアピールしたり積極的に話題に出したりする。
とにかく、どんな男だって実はわくわくしてるんだ。
え、俺?
さっきの言葉から察してくれよ。
「まっつん、買い物終わったあ」
レジ袋を手に、間の抜けた声で奇妙な俺のあだ名を呼ぶ男。
すぐさま忌々しい汚染された棚を離れ、奴と並んで外に出た。
街を歩いて、俺の家へと向かう。
途中、道歩く女の子がこちらを見たり、声をかけようとしてくる。
理由は簡単、俺もこいつも男前だから。
そこで君は、疑問に思うわけだ。
モテるんなら、バレンタインを嫌う必要ないじゃん、って。
…ところが大有りなんだな。
すぐ横から、それを象徴するかのような呟きが漏れた。
「…あんな奴らより、ずうっとまっつんが可愛い。ってか、俺の許可無しでまっつんに話しかけたら、ぶっ壊す」
殺すではなく壊すを呟くのが、リアルすぎて笑えない。
絶対に本気だ、この男。
ちなみに弁解しとくが、俺は全く女っぽいわけじゃない。
かっこいい男前、に分類される。
…まあ、役柄的には女の子だけど。
はい、そろそろ察してくれたよな。
俺はこの横の美形男前と付き合ってるわけだ。
そして少し不本意ながら、女役なわけだ。
でもこいつを真剣に愛しちゃってるわけだ。
ああ、憂鬱。
明日は忌々しいバレンタイン。
俺は作るべきなのだろうか、どうしようか。
悶々と考え、もう1ヶ月。
明日、俺はどうすりゃいいんだ。
頭弱い俺は、もうオーバーヒート寸前。
最近のテンションは地を這っている。
「まっつ―ん!着いたよ―、開けてよ―」
さっき呟いた恐い人はどこへやら。
ついでに、いつの間にか見慣れたマンションの前にいる自分の惰性もどうなってんだか。
開けた途端に、俺より先に駆け込む背中を見つつ、俺は遂に決心した。
「なぁ、ナオ」
振り向いた緩い笑顔に、問い掛ける。
「明日さ…チョコ、いるか?」
別にいらないと答えてくれ。
手作りなんて出来ねぇし、店でチョコ買うのは逆チョコみたいで恥ずかしい。
いらねぇって答えてくれ。
俺が祈るように見つめる先、ナオはにっこりと笑った。
「まっつんにチョコかけてセックスするから、別にいらないよぉ」
悪魔、ふざけんな、変態。
前の下り、取り消せよ。
睨んで反論すると、またナオはにっこり笑った。
だけど今度は、目が笑ってない。
「まっつん、」
ギラリと光った目は、それはそれは怖かった。
…耐えきれずに頷いた俺、本当に嫌だ。
ああ、憂鬱だ。
明日は忌々しいバレンタイン!
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