短編 | ナノ
(おかわりひとつ、)
「さっむい!」
一際冷たく吹き抜けた風に、首を縮める。
マフラーをしっかりと巻きなおしながら、隣の男を睨みあげた。
「寒い!」
「・・・だから、」
呆れたようにこちらを見てくる奴は、寒さなんてモノともせずに歩き続ける。
その姿を見ていると、寒がる俺が滑稽だが、実際は寒いのだ。
いつでも余裕で冷静で、勉強も運動も出来て、美形だし長身だし、俺よりもよっぱど男前。
・・・言っててムカついてきたな。
「もーいいや、全速力で走って帰る!じゃあな!」
頭を冷やしつつ、寒さから逃げようという策だ。
俺にしては、賢いよな。
「・・・」
「・・・何、」
走り出そうとしたところで、しっかりと腕を掴まれた。
奴を見ると、視線を俺の上から下までやって、ふっと笑った。
「俺の家の方が近い。寄ってけ。」
かくして俺は、整理され大人びたあいつの部屋でココアを飲んでいる。
やっぱり甘いものって良いよなー。
こういう寒い日には、甘いココアに限る!
対するあいつが悠々とコーヒーを飲んでいるのが癇に障るけど。しかもブラックコーヒーだなんて、俺に対する当て付けなのか。
ま、もう慣れっこですけど。
腐れ縁とやらで、もうかれこれ5年目の仲だ。
「どうした、」
おっと、じろじろ見すぎたのか。
低い声は耳朶を心地よく打ち、思わずぞくりとするほどだ。
・・・実は、俺って声フェチなんだよな。
こいつの低い声は、男の声の中じゃど真中ストライク。
女の子の声は、キンキンしない朗らかな感じがグッドだな。
「おい、無視すんな」
いつのまにか奴は俺に急接近していて、耳元を掠めた声に思わず身をよじった。
そんな俺に、奴はクツクツと笑い声を漏らす。
・・・また俺の耳元で。
「あ―、もう!離れろって!」
あいつは冗談でも、こっちは身が持たないっての。
空になったカップを、ことんと机の上に戻す。
帰るわ、と軽く言って立った。
「こんな寒い中、外に戻るわけ?」
後ろから響いてきた奴の言葉に、少し体が震えたが、俺には帰る家がある。
夕飯食べて、ゲームして、宿題して、寝なきゃいけない。
「だって、腹へったし」
くるりと顔だけ向けて答える、と、
「泊まってけよ。親はいないから」
本当にすぐ傍にあった顔が、笑みをかたどっていた。
ほんの軽くで離れたそいつは、欲を滲ませた声で俺を手招いた。
「おかわり、要るか。」
・・・じゃあ、ひとつだけ。
本当に俺は、この声に弱すぎる。
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