虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
11.ひとりじゃない


 ざっくざっく。まるごとのキャベツを半分に切り、そこから適当な大きさにカットしていく。袋から出したもやしは洗って、それからウインナーを切らなければ、と。手際よく用意をするゆずかの姿に、手伝いをかって出た佐助は、横で感嘆のため息をもらした。
「手際いいね。まだ小さいのに……よく料理するの?」
「うん。お父さんもお母さんも、おしごとで夜おそいから。じぶんで作らないとお夕飯たべられないもん」
「偉いねー、ゆずかちゃんは。旦那にも少しは見習ってほしいよ」
 その旦那――幸村には、リビングで他の武将たちと一緒に、買ってきた洋服のタグ切りと仕分けをしてもらっている。
 包丁を置き、棚からホットプレートを引っ張りだしたゆずかは、そんな佐助の呟きにぽつりと吐き捨てた。
「べつに、やりたくてやってるわけじゃないもん。だから偉くないよ」
「やりたくなくても、やらなくちゃいけないからやってるんでしょ?世の中にはね、やらなくちゃいけないことを後回しにする人間が多いんだよ。だから、ゆずかちゃんは偉いの。……と、それ貸して」
 持ち上げるのに苦労していたゆずかの手から、佐助がひょいとホットプレートを抱える。
「どこに持っていけばいいの?これ」
「あ、リビングのテーブルに。わたしは材料もっていくね」
「それだけの量、持つの大変でしょ。風魔を呼びなよ」
「コタ兄?」
「(呼んだか、ゆずか)」
「(……呼んではいないんだけどなぁ)」
 その名を口にすれば、風と共に現れる伝説の忍。ほらね、と笑った佐助は、ひと足先にキッチンを出ていく。
「これ、いっしょに運んでくれる?」
「……(コクリ)」
 山盛りの材料が入った数個のボウルを指差せば、ひとつ頷かれて。自分はどれを持とうかとゆずかが悩んでるうちに、全て小太郎が腕に抱えていた。
「あ、わたしも持つよ」
「(気にするな。……少し休め)」
「そんなにひ弱にみえる?わたし」
「(否、そういう訳ではないが)」
 ふと首を傾げれば、小太郎は考え込むようにほんの少し俯いた。
 先程の佐助といい、小太郎といい。自分に対して過保護すぎやしないか、とゆずかは不満に思っていた。
 そういえば買い物から帰る時も、ゆずかには荷物をひとつも持たせてくれなかったし。忙しい両親に育てられ、物心ついた時から、料理も買い物も掃除も洗濯も、なんでも自分でやってきたゆずかは、そんな風に甘く接してもらうことに慣れていなかった。
「(……己は、ゆずかのような幼子と接したことがないから)」
「うん」
「(どう、扱っていいかわからない)」
「……そっか」
「(きっと、猿飛たちも同じだ)」
 かつての戦国時代。民草より立場が上である彼らが見てきた女の子供はきっとお姫様ばかりで。なにもしないのが当たり前、他人に任せるのが当たり前、か弱くてひ弱で、彼女らは無条件で守られるべき存在なのだ。
 その認識の上では、どうしてもゆずかに過保護になってしまうのだろう。
「わたしはまだ子どもだけど。自分のことくらいは、自分でできるよ」
「……」
「ずっとひとりだったから、わたしにとってはそれが当たり前なの。だから、そんなに気にしないでね?」
「(……わかった)」
 然し、と小太郎の唇が動いたと思えば、キッチンの入り口から小十郎が顔を出した。
「おい風魔、いつまで突っ立ってんだ。野菜が痛むだろう」
「小十郎さん、そんなにすぐには痛まないよ」
「いいから早く来い。ゆずか、洋服の仕分け終わったぞ」
「あ、ほんと?ありがとう」
 ゆずかが小十郎のほうに一歩足を踏み出せば、小太郎は音もなく姿を消していた。なにを言いかけたんだろう、と、思わず首を傾ければ。
「風魔は、もっと頼れと言いたかったんだろう」
「……え?」
「お前自身も言うように、お前はまだ子供なんだ。子供扱いするわけじゃねぇが……、無理に自分の足で立とうとしてるお前を見ると、どうしても手を貸したくなるんだよ」
 わしゃわしゃ、と。小十郎の大きな手がゆずかの頭を撫でた。
「でも、わたし……」
「確かに、お前にとっては何でも自分の手でこなすのが当然なんだろう。けどな、お前はもう独りじゃねぇ」
「ひとりじゃ、ない」
「誰かの手を借りたい時は、遠慮なく声をかけろ。世話になるんだ、手伝いくらいさせてくれ」
 な?と、穏やかに笑いかけられて、ゆずかは頷くしかなかった。
「じゃあ行くか。さっきから真田がうるさくてかなわねぇ」
「おなか減った、って?」
「ああ」
「(よく一日二食で保ってたね、幸兄……)」
 さりげなく差し出された手を取れば、なんだか鼻の奥が、つん、と痛くなった。

「Hey ゆずか、これはなんて料理だ?」
「これはね、やきそば、だよ」
「何ぞ、野菜と麺だけではないか」
「これを炒めて、味つけするの。そしたらやきそばになるんだよ」
「フン、面妖な」
「じゃあ、わたしが作るね」
 ぶつぶつとなにか言っている元就をあっさりと無視して、まずはホットプレートに油を敷く。そりゃあ、山盛り野菜と麺が別々になっている今は面妖なものだが、これが一緒になってはじめて焼きそばになるのだから、しばらく我慢してほしい。
「まずはウインナーをいためて」
 じゅうじゅうと、肉が焼ける香ばしい薫りがあたりに広がる。今にも滴りそうな幸村のよだれを、佐助が呆れ顔で横から拭いているのが見えた。
「(佐助さん、それキッチンの雑巾じゃ……)つぎは野菜ね」
 キャベツともやしを投入して、ここでまず塩胡椒。本当はピーマンも入れるのがゆずか流なのだが、なんだか幸村が嫌いそうな気がしたので、今日はナシにした。
「麺をいれて、ソースをかけて……」
 野菜の水分で麺をほぐして、ちょっと薄めにソースで味つけする。麺が伸びるのを防ぐ為だが、野菜の段階で下味をしっかりしておかないとただ単に味が薄くなるので、気をつけなければいけない。
「これで、できあがり」
「なんとかぐわしき香り!某、このように食欲をそそる香りは嗅いだことがないでござる」
「やきそばの匂いはおなかすくよね」
 お祭りの屋台とか。あとはお好み焼きなんかも。ソースの匂いにはなにか魔力があるのだ、とゆずかは思っている。
「すきなだけお皿によそってたべてね」
「いただきますでござる!」
「あー、ちょっとちょっと!旦那が装うとこぼすから俺様がやるって!」
「……フン、風魔、我の分も装うがよい」
「(……面倒な)」
「就兄さま、わたしがやってあげる」
「よせ、ゆずか。毛利、テメェ、我が侭も大概にしろ」
「美味でござぁああっ!!」
「うるせぇ真田!……が、まぁ美味いな。You are a good cook.(お前は料理が上手いな)」
「本当。いいお嫁さんになれるねー、ゆずかちゃんは」
「そ、そんなことないよ」
 佐助の一言に、かあ、と顔が熱くなる。なんだか昨日から、彼らにはドキドキされっぱなしだ。
 それぞれの表現で美味を表現してくれる彼らに、ゆずかもホッと胸を撫で下ろした。(ちなみに元就の皿には、結局小太郎がよそっていた)
「お前が作ったんだ、ゆずかも食え」
「うん」
 小十郎に促されて、ゆずかも昼食にありつく。いただきます、と挨拶をして焼きそばを口に運べば、ちょうどいい塩梅の味が口に広がった。
「もっと野菜を食わねぇか、ほら」
「……もやし、きらい」
「そなた、ならば何故入れた」
「んと、かさまし?」
「……本当に、しっかりしてるね」
「好き嫌いするんじゃねぇ。政宗様も、肉と麺ばかりではいけませんぞ」
「ah……わかってる」
 ゆずかと政宗の皿に、もりもりと野菜が乗せられていく。食べても減らない緑と白を見て、ため息を吐いたのは同時で。顔を見合わせたゆずかと政宗は、ふたりして諦めたように笑った。


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