虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
8.また明日


「ふわぁぁぁ……」
 体を湯船に沈め、温かい湯に包まれれば、ため息とも、欠伸ともつかぬ音が唇からもれた。
 夕飯を済まし、武将たちを風呂に入れて。ようやくゆずかの順番が回ってくる頃には、もう今日が“昨日”に変わってしまいそうな時間になっていた。
「いろいろ、あったなぁ」
 大嫌いなおばさんが訪ねてきて、己の無力さに気落ちしていれば、今度は戦国時代から6人の武将がやってきた。
 事実は小説より奇なり。どこかで見たその言葉が身に染みる。
「でも……」
 武器を向けられた恐怖。見知らぬ人間と共に暮らす不安。それ以上に、ゆずかの心はわくわくと踊っていたのも事実。

 幸村は、ちょっと声が大きすぎるきらいはあるけれど、すごく純粋な人で。こんなに幼い自分なのに、ちゃんと同列の人間として、敬意を払ってくれている。
 佐助は、忍だから。きっとまだ多少なりとも警戒しているのだろうけど、さりげなく自分を守ってくれた。それも何度も。
 政宗は、己の感情とか意志に素直な人。に、と不敵に笑う姿は、さすが独眼竜と呼ばれる伊達男だと思う。
 小十郎は、見た目も言葉も鋭くて……、少し怖い。でも、大切なことを自分に教えてくれるし、たまに向けられる視線が、あたたかいことにも気づいている。
 元就は、口調は厳しくて冷たいけれど、すごく優しい人だ。まさか励ましてもらえるなんて思わなかった。よく見ていないとわからない、そのさりげない優しさが、ゆずかには心地よかった。
 小太郎は、まさしく忍って感じ。表情も声も、どこかに置き忘れてきてしまった人。それでも彼は確かに“人”で、感情がないわけではない。そう、ゆずかには思えた。

 ひとりひとり、彼らの人柄を思い返せば、本当に個性の強い人達だと思う。……けれど。
「うまく、やっていかなくちゃ」
 上手くやろうではなく、やらなくてはいけない。自分たちの常識が全く通用しないこの世で、生きていくことを選択した彼らと。ゆずかの無茶な願いを、受け入れてくれた彼らと。
 “家族”になるんだ。自分の為にも。

 ――がちゃり。ゆずかが風呂から上がり、濡れた髪を拭きながらリビングに入れば、彼らはまだ眠っていなかった。
「まだおきてたの?」
 ゆずかが風呂に入る前に、きちんと部屋割りは決めておいたのに。どうしたのだろう。
 ちなみに、真田主従が1階の和室。伊達主従が、ゆずかの部屋の隣である2階の洋室、元就と小太郎が1階の父の部屋である。元就はひとりがいいと言い出すかと思ったが、声を出さない小太郎ならば同じ部屋でも構わないらしく、文句が飛んでくることはなかった。
「某、家主であるゆずか殿より先に寝るなど、失礼なこと、は……」
「(もう半分ねてるじゃん幸兄)」
 かっくんかっくんしている幸村を、隣の佐助が心配そうに見つめている。そんなのは気にしなくて構わない、とゆずかが言えば、安心したのか幸村が大きく揺れた。
「ごめんねー、ゆずかちゃん。旦那、もう限界みたいだから寝かせてくるよ」
「うん。佐助さんもゆっくりやすんで」
「あはー、ありがとう。……おやすみ、ゆずかちゃん」
「……おやすみなさい」
 幸村を軽々と小脇に抱え、ゆずかの頭をひと撫でした佐助は、そうしてリビングを出て行った。
「我も休む。そなたも早う部屋に戻れ。子供が起きていてよい刻限ではないわ」
「わかった。おやすみなさい、就兄さま」
「……フン」
「(……己も行く。何かあれば呼ぶといい)」
「ん、ありがとう、コタ兄」
 こくり、頷けば、二人は並んで自室へと向かう。元就はいいとして、忍の小太郎はきちんと寝てくれるだろうか。少し心配になる。
「小十郎、俺らも休むか。ゆずかの顔も見れたしな」
「は。……お前も早く休めよ。毛利が言ってたんじゃないが、子供が起きてるには遅い刻限だ」
「うん。あ……ねぇ、政宗兄さん」
「ah?なんだ?」
「みんな、なにか用事があっておきてたんじゃないの?」
「HA!違ぇよ」
 自分になにか用があったから、眠気をおして起きて待っていたんじゃないのかと訊ねれば、軽く笑い飛ばされた。
「ちゃんと言いたかったんだろ」
「なにを?」
「Good night、ってやつをな」
 くしゃり。政宗に頭を優しく撫でられて、ゆずかは目を見開いた。Good night.、それなら、まだ英語を学びはじめたばかりのゆずかも知っている。
 “おやすみなさい”、たったそれだけの言葉を自分に言うために、彼らは起きていてくれたというのだろうか。
「政宗様の言う通りだ。おやすみ、ゆずか」
「Sweet dreams.(良い夢を)」
「……ぁ、」
 思わず固まって返事が遅れてしまったゆずかを笑い、二人はさっさと姿を消してしまった。
 こんなに温かい“おやすみ”の挨拶を交わしたのは、何年ぶりだろう。今日は久しぶりに蘇る感情がたくさんあって。けれど、それは決して嫌なことではなかった。
「……おやすみ、なさい」
 パチリパチリと電気やテレビを消して、真っ暗になったそこにぽつりと呟く。
 明日が楽しみだ、とゆずかはひとり、暗闇で微笑んだ。


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