なかま2


海のそこ。

阻む何か。

もしかしたらそれは、無くしてしまった私の記憶が関係しているのかもしれない。

でも…

思い出せない。


「……、」


ううん。

違うわ。

思い出したくない。

知らないことは怖いのに。

どうしてかしら。

それ以上に…

思い出すのが、とてつもなく怖い。


『ひとみ…!』


名を叫び、必死に手を伸ばしてきた誰か。

でも私には、その手を掴むことは…

言い様のない不安と恐怖が、私を襲う。

それは、何もわからないから。

私は、自分の事さえも、知らないから。

知らない。

なにも。

私は…


「……」


はらり、はらり。


「……」


はらりはらり。


「っ ひとみ…?」

「……え?」


驚いたような声に、顔をあげる。

決して大きくもないはずのその声。

しかしやけに大きく、はっきりと聞こえた。

みんなも何事かと私を見る。

いつの間にか目の前には人がいて、私の顔を見て驚いていた。

それは周りの人も同様だった。


「えっ!?ひとみちゃん!?」


ざわめく周りの人たち。

どうかしたのかしら。

目の前の人物を見つめる。

私の視界に居なかったはずのその人。

あの、一番始めに声をかけてくれた着流しの彼。


「…イゾウ、さん?」


どうかしたんですか?

そう続けるつもりだった言葉は、彼の伸ばした手に呑み込まざるを得なくなった。

伸ばされた彼の手はそっと、優しく私の左目の端を撫でる。


「どうして、泣いてる」

「え…」


泣いてる?

…私が?

自分の右手で頬を触ってみる。

たしかに、濡れていた。

あれ?

どうして泣いてるの?


「わか、りません」


わからない。

だって私には、泣く理由がない。

さみしいとは思わなかった。

つらいとは思わなかった。

かなしいとは思わなかった。

泣く理由なんて、今の私には…

無いはずなのに。


「……、」


なぜか涙は止まってくれず、それどころか更に溢れてきた。

泣きやまなきゃ。

――みんなが見ているのに。

泣きやまなきゃ。

――心配なんて、かけたくないのに。

泣きやまなきゃ。

――ずっと笑っていてほしいのに。

泣きやまなきゃ。

――みんなの顔が暗く沈んでしまう。

泣きやまなきゃ。

――いやだ。

泣きやまなきゃ。

――いやだよ…

泣きやまなきゃ。

泣きやまなきゃ。

泣きやまなきゃ。


――なき、やまなきゃ。


『ひとみ…』


『…     …』


お願いよ。

なきやんで。

彼の顔がまた…

哀しみに染まる前に。


「ひとみ」


優しく呼ばれた。

その声と、その彼の手に誘われるように。

ふわり、と。

私の体はいつの間にか、彼の腕によって抱き抱えられていた。


「マルコ」

「、ん?」

「確かお前のとなり、空いてたな?」

「あ、あぁ…だがおま」

「じゃあそこを使うぜ。マルコも来てくれ」

「あ、待てよイゾウ…!」


スタスタと進むイゾウさんのあとを、マルコさんが慌てて追いかけてくる。

私は泣き止むのに必死で、その時の会話の内容も、イゾウさんの顔も。

なにも頭に入ってこなかった。

ただ。

抱えてくれた彼の温もりが、とても心地よかった。

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