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暫くして。

リビングには笑い声とため息が響いていた。


「もう!いい男だからあおいの彼氏かと思ったわ!」

「早とちりも良いとこだよね」


説明を受けて納得したのか、先ほど自分が思ったことを口にする水城母。

それを呆れたように見る水城。


「あら失敬。ふふふ」

「だから電話したのに勝手に切るから」

「急いでたのよー」


なんというか。

本当に親子だねい。

…すっげえ似てる(真面目に)。


「ごめんなさいね」


水城母が申しわけなさそうな顔をして頭を下げてくる。


「あ、いえ。ちゃんと言わなかったこちらにも不備はあるので」

「うわぁお、先生が敬語って…なんか変」


うるせえ。

ほっとけ。

つか黙ってろ。


「こらあおい。失礼よ」

「はあい」

「こんな娘が、いつもお世話になっております」

「あ、いえ」

「たじたじ…プッ…」


こいつ…

普段通りだとマジで腹立つよい。


「あおい」

「はいはい。いつも世話焼かせてまーす」


ほんとにな。

…口には出さねえけど。


「今日はすみません。せっかくのお休みでしたのに。娘と偶然会ったばかりに…」

「いえ、心配になっただけですから」


俺は偶然、出かけた先で水城と会って、熱があったから送ることになった。

そういう設定になっている。

水城がとっさについた嘘。

母親でも、さすがに2人で出かけたとは言えない。

俺に迷惑がかかるから。

そう考えた、こいつの優しさかねい。


「それじゃあ僕はそろそろ」

「あ、もう帰るの?」


立ち上がった俺を見て水城が首を傾げる。


「母親も来たしな。長居は無用だ」

「ふーん」

「今日はありがとうございました」


立ち上がって頭を下げる水城母に、俺も頭を下げる。


「いえ。大事なくて良かったです」

「先生のおかげです。あおい、少しは歩ける?」

「うん。へーき」

「ならお見送りして差し上げて」

「あ、いや、別に」

「はーい。先生!ほら歩いた歩いた!」

「ちょ、押すな…!」


失礼しますと慌てて言って、水城に押されるがままに玄関へ歩く。

靴を履いて立ち上がると、服の裾を少し引かれた。

振り向くと、リビングに忘れていたらしいおにぎりやらが入った袋を手渡された。


「今日はどうも」

「…あぁ…安静にしてろよ」

「はーい」


笑って答える水城に、それ以上は何も言わず玄関の扉を開けて外にでる。

車に乗り込んで最後に家を見ると、玄関前に水城が立っていた。

ひらひらと手を振る彼女に軽く手を振り返すと、俺は車を走らせた。

もやもやする気持ちを静める為に煙草に火をつける。

日はだいぶ傾いていて、辺りは真っ赤だ。

見えた赤信号に、車を止める。

…赤、なあ。


『なあマルコ』

『“赤い靴”って童話、知ってるか?』


あれからだいぶたったからな。

忘れるのも無理ないか。

そう言えば水城と本の話になるとつい時間を忘れると、イゾウは言っていた。

後から聞いた話だが、その時に童話の話になり、語ってやったのだと言った。

誰が作ったのか分からない、オリジナルの“赤い靴”。

バレリーナである少女がいた。

踊りが下手だった少女は、上手く踊れるという赤いトーシューズを貰い受ける。

それを履いた少女は、人が変わったような美しい踊りで皆を魅せた。

だが少女の踊りが終わることはなく、永遠に踊り続けた少女の末路は誰も知らないと言う。

上手く踊れる。

みんなに誉められる。

その喜び。

そのたった一度の幸せを得る変わりに、未来永劫、永遠にそれに縛られる。


『お前さんは、どう思う?』

『それほど叶えたい願が、お前さんにはあるか?』


なぜイゾウがそんな話をしたのか。

今はもう、思い出せないし分からない。


『踊りたい…!』


いっぱいいっぱいのあいつの声が、ずっと、耳の奥で反響している。

それを振り払うように頭を振る。

青に変わった信号を確認すると、アクセルを踏んだ。








[end]


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