12


たった一度の幸せか。

この先に待つ未来か。


「…っ」


俺は握った拳を、さらに固く握りしめる。

そんな事、考えなくたって分かるはずだ。

俺は…


「俺ら教師は、お前ら生徒の未来を守る義務がある」

「っ…」


わざと言った。

わざと使った。

“教師”と“生徒”。

決して壊せない壁。

壊してはいけない壁。

それは俺の為じゃない。

こいつの未来のため。

こいつの未来を縛らないため。

こいつは、水城はまだ若い。

今はこうでも、時間がたてば忘れられる。

他に好きな奴が出来て…

そしたら笑って、紹介してくれたらいい。

この日の事も、思い出として笑って話せるだろう?

俺がこの気持ちを出さなければ、こいつには明るい未来が待ってるんだ。


「………」

「…ぁ…」


俺は片手で水城の腕を掴んで無理やり離す。

と言っても水城は女、それも病人に男の俺を引き留められるほどの力があるわけもなく。

それは簡単にするりとほどけた。

気持ちが変わる前にさっさと離れてベッドの縁に膝をつく。

水城も、のそりと起き上がる。


「薬、これだけかい?」

「……うん」


床に落ちていた粉薬の袋を拾って開ける。

大人しく受け取って飲んでる間に、台の上のペットボトルを取ってやる。

薬を流し込むように飲むと顔を歪めた。


「……にっが…」

「薬だからねい」


最悪だとグチグチ言う水城からペットボトルと粉薬の袋を取り上げて立ち上がる。

今度は大人しく寝ころぶの見てから部屋をあとにしようとドアを開けた。


「せんせー…」

「…あ?」


とても怠そうというか眠そうな声に顔だけ振り向く。


「せん、せ…」

「…なんだよい」


言いながらちゃんと体ごと振り向くと、水城は何とも言えない顔をしていた。


「     」


眠りについたのか、その言葉は声にはならなかった。

いや、俺が聞こえないフリをしただけかもしれない。


「……お休み」


俺は静かにドアを閉めた。

なるべく足音をたてないようにして一階に下りる。

リビングに入ったところで、溜めていたい気をはく。

息が詰まるほどだった。

あの空間は苦しかった。

あいつは、多分今も…


「…どうするかねい」


帰った方が良いのだろうか。

いや…

いてやると言ったからな。

せめて水城が元気になるか母親が帰ってくるかまでは、いてやるか。

一応、約束だからな。

俺はソファーに座って手で顔を覆った。

コンビニで買った自分用のおにぎりやらがあるが、どうにも食欲がわかなかった。


「らしくねえな」


この俺が、一回りも下の女に振り回されるなんて(色んな意味で)。

こんな俺のために成績を犠牲にして。

でも、それを俺は無下にした。

…きっと。

きっとあの笑顔は、もう見れなくなるんだろうな。

きっともう、今までのように話しかけては来ないだろう。

そう思うと、胸が少し痛んだ。

…これで良かったんだ。

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