11 熱のせいか… 赤く上気した顔に、潤んだ目。 眉を寄せて苦しそうな… 見てる方が痛い。 そんな顔。 「…水城、はな」 「…ゃ…」 離せ、と言いきる前に小さく開いた口から出た声に遮られる。 離せなんて言う前に、無理にでも振り払えばいいのに。 体が、動かなかった。 「…やじゃねえよい…」 「やだ…ぁ…!」 「……っ」 決して涙は流していない。 なのに泣いているような顔をする。 そんなに、そんな顔をするほど… 何を、考えている。 「いか、ないで…!」 小さく、泣いた声で訴えてくる。 行かないで。 そのたった一言が、俺の脳に反響して離れない。 動揺を悟られないように。 俺はゆっくりと言葉をつなぐ。 「…まだ、どこにも行ってないだろうよい」 お前の母さんが来るまでいるつもりだと告げれば、違うと言われた。 …やめろ。 …そんな目で、俺を見るな。 さっきとは違う。 しっかりとした。 真っ直ぐで。 「…先生…」 熱の籠もった目。 くらりと、目眩しそうになる。 …頼むから。 そんな目で。 見て、くれるな… 「……わ、たし…」 「っ」 「私っ…先生が」 「言うな」 「…っ」 言うんじゃねえ。 もう一度。 自分に、言い聞かせるように。 水城はきつく唇を噛んだ。 気づいてない。 まだ、気づいてない。 気づいて、ないんだ。 たとえフリでも、そう思わないと。 そうでもしないと、この溢れてくるものを止められなくなってしまう気がした。 ベッドについた手を握る。 「………」 「………」 「………」 沈黙が、痛い。 「…赤い、靴…」 「っ!」 水城の言葉に思わず体がピクリと反応する。 「…アンデルセン童話の、ひとつ」 アンデルセン童話… 「さっきの、本かよい」 「はい」 それを読んでいたのか。 …もしかして、 「…聞こえてたのか」 あの砂浜の独り言が。 「はい」 先生の声は聞き逃さない。 そう目が語っていた。 「…先生は知ってるんでしょ?オリジナルの、赤い靴」 「っ…誰に、聞いた」 「…イゾウ先生」 そうか。 あれを話したのはイゾウだったか。 ああ… …思い出した。 『一時の幸せを得たい。それには未来を代償にしなきゃならねえ』 イゾウ自身が創ったのかは知らねえが、悲劇な少女の話だ。 「呪われても、いい」 「…、」 何を言ってるのか、俺はすぐに分かった。 『時間をかけてもよかったろうになぁ』 首に回った腕に力がはいる。 「もう、言わない。けど、一度でいいの…」 水城の顔が歪んで、目に涙がたまっていく。 その真っ直ぐな目に、眉を寄せた俺が反射して見える。 「私、踊りたい…!」 「…っ」 水城の目から涙が零れる。 “ ”を言葉にしてはいけないなら。 いっそ…ってことかよい。 「そしたら…覚えていて、くれるでしょう…?」 昔、めんどくさそうに聞く俺にイゾウは言った。 その代償の大きさを知ってなお、一時の幸せを願う少女。 『だがそれを望んだのはその少女だ』 『皮肉だろう?』 奴の声が頭に響く。 『いか、ないで…!』 水城の声が蘇る。 ゆらりゆらりと。 「………」 「…先生…」 「………」 「マルコ先生…」 久しぶりに聞く“マルコ先生”。 2人の時は大抵マルちゃんか先生だったから。 …いつだって笑顔で呼んでくる。 こんな表情で呼ばれるのも、悪くはないな。 その口から呼ばれるのが だった。 嬉しそうな笑顔も、悪戯っ子のような笑いも、拗ねた顔も、困ったような顔も、苦しそうな、泣きそうな顔も… その、泣き顔も。 全てが 。 …だが。 「………」 [*prev|next#] [mokuji] top |