鈍さは罪


清々しい寝起きから始まり、気持ちの良い午前を過ごした。

午後も比較的静かだった。

まあ、私はベックマンに稽古をつけてもらったり、ヤソップが銃の手入れをするのを横で見てたり、クルーと魚釣りをしたり…

十分充実させてもらったけど。

久しぶりだったと思う。

こんな穏やかな日は。

戦闘もなく、暴れ出す馬鹿もいない。

はっきり言うと、静かすぎて逆に気持ち悪いくらいだった。

だってあのシャンクスでさえ静かなのだから。

どうやら風邪でもないようだし。

気になってベックマンに聞きに行けば、少しの沈黙の後、苦笑いをされてしまった。

…あれ?

私、何もしてないよね?

おかしいな…

こうなったら自分で真相を確かめようと、一人シャンクスの部屋の前に来た。


「…シャンクス、いる?」


いつもノックをすると「勝手に入ってもいいんだが…」と言われているが、一応確認をとるために声をかける。

だが返事がない。


「おじゃましまーす」


開けてみるとやはり本人の姿は無かった。


「どこ行っちゃったんだろう」


もしかしたらすぐに帰ってくるかもしれないと、私はシャンクスの部屋に居座ることにした。










最初のうちはただぼーっとしているだけで良かったのだが、あまりにも退屈になってきてしまったため、ストレッチをしようと思い立った。


「…あ…」


しかし、私はいつもストレッチの時はお尻の下にクッションを置くのだが、ここはシャンクスの部屋なためにあるはずもなく…

どうしようかと迷っていた私の視界に入ったのは、シャンクスのベッド。


「…シャワー浴びたし、汚くないからいいよね」


私はこれ幸いと、彼のベッドに乗ってストレッチを始めた。

体を動かした後だから、いつもよりよく曲がることに満足しながら、いつものメニューをこなす。


「それにしても遅いなあ…っと、おーわり」


メニュー全てをやり終えた私は、思いっきり息を吐いてベッドに倒れ込む。

その時、廊下に一つの足音がした。

私なら分かる。

紛れもない、彼のもの。

私は上半身を起こして扉をみる。

足音が一度止まると、部屋の扉がゆっくり開いた。


「…! あすか」

「おじゃましてまーす」

「…ああ」


片手を上げて言うと、シャンクスは扉を閉めてこちらに近づいてきた。


「こんな所にいたんだな。探したぞ?部屋にもいないし」

「シャンクスを探してたの」


そばまで来ると、彼はベッドに腰を下ろした。

見ている限り、本当に風邪ではないようだし、怠そうでも二日酔いでもなさそうだ。

…なら、なんだ?


「そうか。…何してたんだ?」

「待ってる間暇だったからストレッチしてたの…あ、ごめんなさい。勝手に」

「いや、俺が勝手に入ってもいいと言ったんだ。構いやしないさ。で、俺に用か?」

「あー…どこか、悪いの?」

「…なんでだ?」

「なんか、静かだし…」

「ははっ。静かだと、可笑しいか」


薄く笑いながら言うシャンクスに、少し違和感を感じた。

…なんだろう。

シャンクス…


「…怒ってる?」

「……なんでそう思う?」

「いや、なんとなく…え?」


言い終わる前に、影がさした。

ギシッと。

ベッドの軋む音がする。


「…な、なに…」

「お前は」

「……?」


ベッドに座る私を追いつめるように四つん這いで迫ってくるシャンクス。

真っ正面から見る彼の顔は、やっぱり整っていて、綺麗だと思った。

シャンクスが少し進む度に、私の背中がベッドに近づいていく。


「…っ…」


ついにシャンクスが私を見下ろす形になった。

肘で上半身を支えてはいるが、シャンクスが後一歩進んでしまえば、私の身体は完全にベッドに沈んでしまう。

そんな状態。


「………」

「………」


私も。

シャンクスも。

流れる時間など関係なく、お互いの目を見て逸らさなかった。

暖かな空気が私達を包み込む。

何もしていないのに、指先がビリビリとした感覚に襲われる。


「……、」


ああ、ダメだ。

この生暖かい空間から逃げ出したい衝動に駆られた。

でもシャンクスの強い瞳がそれをさせてくれない。










蛇に睨まれた蛙。

正にこのことだと思った。

長い沈黙が、私と彼の間に流れる。

スッと。

音もなく近づいてきたシャンクスの右手。


「…シャン、クス?」

「……、」


そこで漸く、彼の名前を呟いた。

するとピタリと、彼の手が止まった。

また、静かな空間に戻る。

その空気が絶えられなくて、また彼の名前を呼ぼうと口を開く。


「…シャン…」

「ははっ」


それを遮って静かな室内に彼がこぼしたのは、短い笑い声。

俯いて肩を揺らしている。


「…?」


彼が顔を上げ、止まっていた手が再び動き出し、私の頬に触れる。

そっと、壊れ物を扱うように撫でられる、不思議な感覚。


「お前、もう少し恥じらえよ」


そう言ったシャンクスの顔は、なんとも言えない表情をしていた。


「…シャンクス?」

「はあ。予想はしていたが、こうも予想通りだとな…ちょっと泣けてくるぞ」

「…?」


一体、なんの話をしてるんだろう?


「…ま、いいか」


呟いたと同時にベッドから降りるシャンクス。


「…シャンクス?」


そしてこちらを振り返った。


「ほら。早くしねえと、ルウに晩飯取られちまうぞ」

「!! それはいや!」


ルウに取られたら跡形もなくなっちゃう!

私は急いでベッドから降り、ドアに駆け寄る。

振り向くと、少し驚いた表情のシャンクスがこちらを見ていた。


「早く行こうよ、シャンクス!」

「…ああ」


ホントに飯が好きだなと笑うシャンクスに、こちらも笑みがこぼれる。

食堂に行くと、すでにみんな食べ始めていた。


「俺達にも用意してくれ」

「はいよ!」

「あ、お頭!」

「どうだったんだよ〜」


コックさんに声をかけた瞬間、沢山の人に囲まれたシャンクス。


「別になんもねえよ」

「うっそだあ!」

「はいちまえよ、お頭〜」


もみくちゃにされる前に、人の間を縫って行く。

何とかその場を抜け出して比較的静かな端の方にいるベックマンの隣に腰を下ろした。


「ほらよ。あすかちゃん」

「おいしそう!ありがとう!」


お礼を言う私ににっこりと笑ったコックさんは、ベックマンに向き直って口を開いた。


「…お頭、機嫌だけは直ったみたいだな」

「ああ。…相手してもらえなくて拗ねてると思って呼びに行かせたのに…あの様子じゃあな…」

「はは…」


苦笑しながら、コックさんはシャンクスの分を用意しにキッチンに戻っていった。


「…どうしたの?」

「いや。遅かったな」

「え?」

「お頭が呼びに行ってから、時間がたってる」

「ああ、それは…」


私は先ほどのことを思い出して、自分の頬を触った。

さっきシャンクスが触れた所。

まだ、感覚が残っている。


「……っ」

「……(お頭、あんた何したんだよ。茹で蛸じゃねえか、これ)」


私とシャンクスを交互に見て、ベックマンが苦笑していたのを、誰も知らない。
















(…という次第だ)

(ああー…)

(それってお頭が男として…)

(だあああああ!!それ以上言うなああ!!せっかく考えないようにしていたのに!)

((…ドンマイ。お頭))



((ホントに俺、意識されてないのか?))



((っ…心臓が破裂するかと思った…!))





【シャンクスend】

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