夏の音


カランコロンカランコロン。

夜の街に高い音が鳴り響く。

赤や青や緑や黄色。

色鮮やかなヒカリが煌めく中で、高く響くその音。

光から少し離れた木の下に座っていた男は、立ち上がって音の発信源を探した。

この人ごみの中その音を聞き分ける彼。

それはただ耳がいいからなのか。

あるいはその発信源が男の待ち望むものだからか。

いつでも待っている気がする。

男の乗る船では数少ない、高い声で自分を呼ぶ声を。


『イゾウさん!』


男は目を伏せ、ここに来るであろう人物を想像してクスリと笑い、ひとこと。


「後者だな」


と。

誰にも届くことはないであろう言葉を落とした。





 夏の音





からんころんからんころん。

やや高い音を響かせて夜の街を歩く。

目の前の人を見失わないよう。

でも、やはり人ごみ。

逆向きに歩く人達に流されそうになる。


「……っ!」


大きな人とぶつかってこけそうになり、ついイゾウさんの服を掴んでしまった。

あっと思った時は既に遅く、バランスを崩した私はイゾウさんの服を引っ張ってしまった。


「おっと」

「……っ」


強く目をつぶって、来るであろう衝撃を覚悟していたのに。


「……?」


いつまでたっても来ない。

それどころか、転けてすらいなくて。


「…っ!?」


私の腕をつかんでいるのは、逞しい彼の腕。

私はすぐに、傾いた自分の体制を立て直した。


「あ、ああぁ…」


ぐるぐると回る頭を整理して状況を確認する。

どうやら転けそうになったあの時、とっさに掴んだのはイゾウさんの袖だったようで。

何事かと振り返ったイゾウさんの反射神経の良さに、私が助けられたと。

つまりは、そういう事のようだ。

私はなんたる失態を…!

転けるのを防ぐためにイゾウさんを巻き込んだ挙げ句…

まさかそのイゾウさんに支えもらっただなんて…!


「ごごご、ごめんなさい…っ」

「あ、いや、あすか…」

「おおおおお、重かったですよね!痛かったですよね!すみません!」

「いや、だからな…?」

「足はくじいていませんか?お着物は汚れていませんか!?」

「………」

「ててて、手首ひねったら銃がぁ…っ」

「……ふっ」


突然、黙っていたイゾウさんが息を漏らすものだから、ついそちらに目がいってしまう。


「……え?」


するとどうだろう。

肩が震え始めたではないか。

まさか怒ってらっしゃ…


「クククっ」

「……!?」


わ、笑われてしまった…!?

今の、一体どこに笑う要素があったのだろうか…!

慌てる私をよそに、イゾウさんはクスクスと堪えきれない笑いを漏らしている。


「あ、あの…!」


いつまで笑うのかと講義しようとした私を止めたのは、イゾウさんの手。

スルリと、冷たい指先が頬をかすめる。


「はは……なあ、」


急に笑いを止めたイゾウさんは、まっすぐに私を見つめて呼ぶ。


「あすか」


みんなが呼ぶのと変わらない。

相手がイゾウさんに変わっただけで、他のみんなが呼ぶのと変わらないはずなのに。

その声はやけに、艶やかに、熱っぽく聞こえた。


「……っ」


ただ呼ばれただけ。

自分の名前を、呼ばれただけだというのに。

そのなんとも言えない気迫に、声が震えた。


「…は、い…?」


数秒かもしれない。

もしかしたら、ほんの一瞬だったかも。

その沈黙を破って、イゾウさんが口を開いた。

その時。

ドーン!!

体に響くほどの大きな音に、肩がはねた。

この島名物の大きな花火が上がったのだ。

きっと、夜空を見上げると色とりどりの花が咲いているだろう。

夜空に咲く大きな花たち。

咲いては散り、咲いては散りゆく。

そんな中でも、私たちは目をそらせずにいた。


「…ぁ…」

「……、」


何か言わないと、そう思って口を開いた。

でもそれよりも早く、ふっと目をそらしたイゾウさん。

私に伸ばしていた手を、今度は自分の顔に寄せた。


「………」

「………」


どうしていいのかわからず、呆然とする私。

対してイゾウさんは私に背を向けて歩き出した。


「行くぞ」

「あ、はい!」


置いていかれないようにと必死にその背中を追う。

この暑さのせいか、顔が火照って汗が出始めた。

さっきの緊張感が溶けたのもあったからかな。

心拍数が上がっている気がする。

息が詰まりそうだった。

ザッザッザッ。

からんころん。

ザッザッザッザッ。

からんころんからんころん。

ここには多くの人がいるはずなのに、二人の足音しか聞こえないみたい。


「あすかは、」


いきなり呼ばれてビクりと反応する。


「っ…はい?」


動揺を悟られないように返事をするけれど、私の声はどう聞こえているのだろうか。


「何が食いたい?」

「……へ?」


どんなことを聞かれるのかと身構えていた私は、聞かれた問いに素っ頓狂な声を上げた。


「だから、屋台。あすかは何が食べたいんだ?」

「あ、」


そういえば屋台で沢山食べたいからって、お昼を抜いていたのを忘れてた。

自覚をすれば当然お腹は空くわけで。

グーと。

私の腹の虫が鳴った。


「っ!!」

「はは、俺も腹減ったし、まずは適当に近くの店で買うか」

「は、はいぃ…!」


は、恥ずかしい…!!!!

そんな気持ちは、何件か回っているうちに綺麗さっぱりと私の中から消えていた。


「イゾウさんイゾウさん!」

「今度はなんだ?慌てなくても屋台は逃げねぇよ」

「あの金魚すくいがやりたいです!」

「ほう、そんなもんまであったのか」

「よう姉ちゃん、やってくかい?」

「はい!」

「おやじ、2回分だ」

「はいよ!」


私は受け取ったボールとポイを構えて、どの金魚をすくおうか選ぶ。

どれがいいだろう。

せっかくなんだから黒も赤も両方欲しいなあ…

そこでふと目に入った、ひときわ大きな金魚。

その大きな金魚の後ろを、数匹の金魚が追いかけるように泳いでいる。

あ、あのおっきいの…


「ふふふ、おやじ様みたい」


素直にそう思った。

みんなに慕われて。

沢山、付いてきてくれる仲間がいて。

まるであの船のみんなみたい。

そんなことを考えている間に、隣で残念そうな声が聞こえた。


「あっちゃー、兄ちゃん惜しかったな」

「ま、こんなもんだろうよ」


どうやらイゾウさんのポイは破れてしまったようだ。

手元を見てみると、小さなボールの中に結構な数の金魚。


「ええ!?そんなにとったんですか!?」

「ん?あぁ、いつもこんな感じ…って、あすか、何やってんだ」

「ええ!いつも…って、え?何って…」


少し驚いた様子のイゾウさんの目線を追う。


「…な!?」


その先には、いつの間にか水につけて破れてしまっている私のポイを、スイスイと通り過ぎる金魚たちがいた。


「金魚すくいじゃなくて、金魚のポイ潜りだよ…」


しょんぼりとする私に、申し訳なさそうに道具を回収する屋台のおじさん。


「なあ、おやじ」

「ん?」


その後もイゾウさんは楽しそうにおじさんと話していたが、その屋台を離れてからも、思いのほかショックが大きかった私は少しばかり拗ねていた。


「いつまでもいじけるなよ。ほら」

「え…?」

私は目を疑った。

だって、目の前に差し出された透明な袋に入っていたのは。


「これ、大きいヤツ…」


私がおやじ様みたいだと思った金魚だった。

私はイゾウさんを見上げる。


「欲しかったんだろ?」


彼はいたずらっぽく笑って言った。

私は相当わかりやすかったようで、ずっとその金魚を見ていたことは気づかれていたそうだ。


「ありがとうございます…!」


どうやらとった大量の金魚を返した変わりに大きいのとほか2匹をもらったらしい。


「〜♪」

「上機嫌だな」

「ふふふ、だって」


だって、嬉しかったんだもん。

まずはこの祭りに来れたこと。

隣にイゾウさんがいること。

欲しかったものが手に入ったし。

これを喜ばない人はいないよ!

浮き足立っている私の隣で、クスリと笑うイゾウさん。

彼の足が止まる。

つられて私も止まる。

行き過ぎたので振り返って彼を見る。

祭りの赤、花火のオレンジ、着流しのピンク。

暖かい色ばかり。

その中で彼は、どの色にも負けない鮮やかな紅(あか)が塗られた唇を開いて。


「ほんと、」

「……?」

「あすかといると、ホントに飽きないねえ?」

「…??」

そんな独り言をこぼしたのだった。





(そういえば、どうしてあの時こけなかったんですか?)

(ああ?)

(だって突然だったし、それにすごい力で引っ張ってしまったのに…)

(あぁ、あれは……。)

(…あれは?)

(……あれくらいで転けてちゃ、隊長は務まらねぇだろう?)

(あ、なるほど)

(……(本当はずっと後ろを気にしてた、なんて言えねぇな))





何が言いたいのか、
書きたいのかわからなくなってしまった…!

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