亜久津家の兄弟は似ていない。 これは俺たちの周りでは周知の事実である。 小学校中学校と何度もそう言われながら育ってきた。 俺は全然、そうは思わないのだが。

俺と仁は年子だ。 一つしか歳が離れていないから、俺も特別兄貴面しようとは思っていない。 家族の仲はまあまあだ。 結構仲良い方なんじゃない?と俺は勝手に思ったりしている。 怒鳴られたり舌打ちされたりは日常茶飯事だがそんなのどうってことはない。 それよりも母さんが過干渉気味なことの方が少々厄介だ。 仁のことが心配なのは分かるけどね。 友達と遊びに出た息子の後をこっそりつけるのはどうかと思うよ。 しかも見つかってるし。 俺まで仁にババアをしっかり管理しとけ!って怒られたんだから。 それは勘弁してほしいなぁ。


上記からもなんとなく分かるように、弟の仁はいわゆる不良だ。 しかもチャラチャラしたなんちゃってヤンキーではなくギラギラした正真正銘剥き出しのナイフのような不良である。 喫煙や飲酒は勿論ケンカやカツアゲだってお手の物というパーフェクト問題児だ。 いつ退学になってもおかしくないような仁だが、彼には類稀な才能があった。 ズバ抜けた身体能力と記憶力だ。 だから成績はすこぶる良いしスポーツだって何をやっても超高校生級ならぬ超中学生級である。 そのため、問題児ではあるものの教師からは一目置かれた存在だ。 我が家族ながら何もかもが規格外な弟である。

そしてそんな弟に対して、俺は自分でいうのもおこがましいが大変な優等生であった。 昨年卒業した山吹中では文武両道の名を欲しいままにしていたし、先生方からの信頼も厚かった。 スポーツでは仁に劣るものの学習面ではきちんとやっていた分かなりの成績上位者だったはずだ。

そんな品行方正を絵に描いたような俺は弟さんと似てないね、と言われることが非常に多かった。 でも。

「ただいまー」

学校から帰ってリビングへ行くと仁がベランダで煙草をふかしていた。 制服を着たままとは、堂々としたものである。 下げていた鞄をソファーの上に転がすと俺もベランダへ躍り出る。 カララ、と乾いた音を立ててサッシを開けるとちらりとこちらを一瞥した仁が僅かに眉を寄せた。 そんなことは気にせず仁の隣りに並ぶ。

「制服に臭いついちゃうよ?」

そう言えば仁は一層眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけた。

「うるせぇ。俺に指図すんじゃねぇ」

相変わらず口の悪い弟である。 軽く笑って仁の手から煙草のケースを奪い取るとその中の一本に火を付ける。 おい、という仁の声なんか無視して深く紫煙を吸い込めば命を縮める煙が肺を満たした。

「まっずい」

にやりと笑いかけると面白いくらい仁が不機嫌そうな顔をする。 その顔の造形は、兄弟である俺とやっぱりどこか似ている。

例えるなら、そう。 仁は黒猫で、俺は三毛猫だ。
黒猫は不吉といわれて嫌われる。 美しい毛並みと蘭々と光る金色の目を持っていても。 人から忌まわれ煙たがられる。 それに比べて三毛猫は招き猫のモデルになった縁起の良い猫だ。 特に雄は希少価値が高くそれだけでかなりの値打ちになる。 昔から人に愛されてきた存在だ。
しかし、所詮はどちらもただの猫である。

黒猫も三毛猫も猫は猫。 同じ存在なのだから、大した違いがあるわけでもない。 要は面の皮なのだ。 猫を被るとはいやはや、よくいったものである。

「…テメェも吸ってんじゃねぇか」

不機嫌そうな顔で呟いた仁に俺は軽く笑って紫煙を吐き出す。

「俺に指図するの?」

人が良さそうな笑みを浮かべた俺を嫌そうに一瞥して仁はケッと悪態をついた。
指図されるのが嫌いなら、指図されない立場に立てば良いのだ。 もし、俺が煙草の臭いの染み付いた制服を着ていても俺を知っている人物であれば何処かで臭いが移ったか、さもなくば弟がまた問題を起こしたかと思うかもしれない。 飲酒をしようがケンカをしようがそんなわけないじゃないか、優等生の亜久津くんが。
だって、俺は三毛猫だ。

「今日はデザートにモンブランを買ってきたよ、仁」

吸いかけの煙草を揉み消しながら言えば玄関から母さんのただいまー!という元気な声が聞こえてくる。 それを合図に中へ入るため閉じたサッシに手を掛けた。

「夕飯までに臭い、落としとけよ」

背中越しにそう言い残して煙ったベランダを後にする。 俺の言葉に無言で紫煙を吐き出した兄弟は、やっぱり俺に良く似ている。



黒猫三毛猫
(俺たちが実のところ笑っちまうくらい似ているのは同じ母から生まれたのだから当然のことなのだ)

♪Presented to 彼と私は家族です。


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