あきらめない。あきらめきれない。神さまどうか頼みます。オレの願いを叶えて!
キバナは控え室のベンチで浮かない顔をして、ひたすらに足を踏みならしていた。シュートスタジアムに来たのはチャンピオン招待のトーナメントのためだが、結果は散々だ。マイナーリーグ選手に手持ちを三体も倒された上に、チャンピオンには天候を変える間も無くボコボコにされた。だが、キバナが到底SNSに載せられないような顔をしている理由は別にある。
「(ナマエナマエナマエ!)」
どうしてオレはあの時連絡先を聞いておかなかったんだクソッタレ!せめて泊まってるホテルだけでも聞いていたら!
スマホロトムを握りしめて頭を抱えた。彼に対する情報は一切なく、ただあのバーを訪れたキルクスからの観光客だということが全てだった。マスターにはすでに、ナマエが来店したら連絡をくれるよう頼んであるが、一日経った今も音沙汰はない。
何度惜しんでも悔やんでも時間が戻ることはない。会いたい人に会えない。会うことができる芽すらない。今ここにある散々たる状況だけが現実だ。
肩を落として消沈していると、近づいてきた足音に不意に声をかけられる。
「調子悪いみたいね」
顔を上げると、そこにはルリナが立っていた。ひと試合終えた後なのだろう。乱れた髪をサッとかき上げながら隣のベンチに腰を下ろす。
「ルリナ……」
「厳しいコメントでももらった?でも、調子がよくても批判する人はいるし、SNSはそんなもの。あんまり気にしすぎるのもよくないわ」
あなたのアカウントは最近人気だから、ちょっとのことでもコメントがつくのは仕方ないことね。
そうして澄ました顔で、飛んできたスマホロトムを操作するルリナを見てふと思う。
彼女はモデルをやっているだけあってSNSのフォロー数はかなり多い方だ。モデルという仕事柄、ずいぶん扱いに長けているはずだ。最近映えを意識しながらトレーニングやファッションといったオフのことをアップし始めたオレと違って、前から撮影のオフショットやプライベートの様子などをちょこちょこアップしては話題になっていた。兼業の仕事がある分、きっとオレよりいろんなコメントがつくのだろう……。
そこまで考えてハッとひらめいた。そうだ、SNSで探してみればいいんじゃないか?ナマエも、もしかしたらSNSをやっているかもしれない。旅行中なら、その様子をアップしている可能性も高い。そうだよな!それだ!
急いでスマホロトムでアプリを起動させる。まずはナックルシティ、旅行、ひとり旅、などのキーワードで検索をかけた。出てきた写真をしらみつぶしにチェックする。
「(これは女子、これは……自撮り写真が別人、こっちは……お!……昔の写真が別人!これも女子。こっちは……ん〜〜?)」
ざっとヒットした投稿をチェックしてショックを受ける。ズラリと飯の写真ばかりが並んだひとつのアカウントページを見て、青天の霹靂のような心地でガックリと肩を落とした。
「(そうか、ひとり旅だと自撮りをせずに飯とか景色の写真だけ上げるタイプも多いよな!)」
画面にはポケモンボール銅像の前でホットスナックを掲げた手元アップの写真投稿が写っている。手から多分男だってことは分かるが……これがナマエかどうかはサッパリ分からない。昔の投稿も全部飯単体の写真ばっかりだ。これとは別に過去の日常投稿がキルクスタウンっぽいアカウントもいくつかあるが、顔が写っている写真がないから決定打がない。
ukilkin89……オマエはナマエなのか?
メッセージを送るにも、疑わしいやつ全員に送るわけにはいかないよな。不特定多数の関係ないやつにオレやナマエの情報を教えることにもなっちまうし……クソ〜!
「はあ……」
なんであのとき本当にオレは連絡先を……せめてSNSやってるか聞くとかちょっとアカウント見せてもらうとか、それくらいしておけば……。
また元の、なんの手がかりもない状況に戻ってしまい大きく肩を落とす。
ルリナは画面を見つめて百面相するキバナの様子に、呆れた顔で眉を下げた。
「すごい勢いでチェックし出したと思ったら……そんなに落ち込むならSNS見なきゃいいじゃない。色々書かれてるだろうことは分かってたでしょ」
「いや、そうじゃないんだな……。オレさまのコレは別件……」
「別件?」
ルリナが首を傾げてキバナを見つめる。少し迷ってから、ダメ元で相談してみることにした。
「SNSで人探し……ってやっぱ無謀だよな?」
パブで意気投合した奴の忘れ物を預かってるから返したくて探している、なんて嘘をふんだんに盛り込んだ説明をすると、ルリナはウウン、と唸った。
「難しいと思うけど……その人の情報ってどれだけあるの?」
「名前と、旅行者なこと、出身、性別……あとは見た目の年齢感くらいだな」
「写真とかは?」
ふるふると首を横に振るとルリナは深く息を吐いた。
「無理ね。情報が少なすぎる。それだけの内容じゃ一致する人はごまんと出てくるわ。手段を選ばないなら写真をアップして探してます、とか投稿したら何かしら情報が集まりそうだけど、写真もないし。どのみち、そんなこと出来ないしね」
ルリナの答えにガックリとうなだれる。そうか、せめて写真があったら聞き込みができたよな。
旅行に来ててあのバーに寄ったなら、他のバーにも足を運んでいるかもしれない。そこで写真を見せて聞き込みしたらヒットしたかも……。
一緒に出会った記念の自撮りをしておくべきだった!あの時は何とかして捕まえることに必死で、そんな心の余裕がなかったんだよな……!オレとしたことが本当にあの時……!ああああ!
「でも諦めきれないんだな、オレは……」
耳を澄ましていないと聞き取れないくらいの声でぽつりと呟く。
ロッカーにしまってあるバッグの中には、あの日ナマエが残していったメモとお金が大切にしまってある。嬉しくて惜しくて使えないんだ。あの夜の思い出と、メモと数枚の紙幣。それがオレに残された全てだ。
ジムリーダーという芸能的な側面もある職業柄、オレはホイホイその辺で遊べない。だから基本、その時限りの関係で割り切った夜を過ごしていた。それで満足していたし、特に不満もなかったんだ。
ただ見た目が好みで、話していると時間を忘れるくらい楽しかっただけ。ちょっとばかし夜もヨくて、ガツガツしてないのにサラっと手なんか握る大胆さが、オレに効果ばつぐんだっただけ。それだけだ。特別な理由なんかない。たったそれだけ。ただその数時間が、オレにとっては世界がひっくり返るくらい最高だった!
この狭すぎる世界で、せっかく好いと思った奴とデキたのに、たった一度きりだなんてあんまりだよな。一生夢に見るぜ。そんな気がする。イヤだろそんなの、絶対に!
「次に行きそうな店に当たりをつけて行ってみることにするぜ!ただ幸運を待ってるだけなんて、オレらしくないものな!」
先ほどまでの落ち込んだ雰囲気から一転してやる気を見せて宣言するオレの姿を、ルリナが驚いた顔で見上げる。
「ずいぶん律儀なのはいいけど、そんなに大事なものなら、ジュンサーさんに届けた方がいいんじゃない?」
至極真っ当な意見だ。ルリナには嘘の内容を伝えてあるし。でも真実はそういうわけじゃないんだな、と次の言葉を探していると、オレのロトムがポケットから勢いよく飛び出してきた。「メッセージだロト〜〜」という声にまさかと慌てて画面を開いて、そこに表示された内容に思わずベンチをガタつかせながら勢いよく立ち上がる。
『お目当ての人!今ご来店したから急いで!!』
「やっっっっっ〜〜〜ッタぜ!」
大急ぎで荷物を手にして駆け出す。流石にこのままの格好で行くのはまずいので、メッセージでママに足止めを頼んでバタバタと更衣室の方へ急いだ。
驚いて目を丸くするルリナに「ありがとうな!」と礼だけ残して控え室を後にする。心がはやってどうにかなってしまいそうだった。早く!はやく!はやく!
間に合わなかったら、一生後悔するに決まってる!さっきまで散々その絶望を味わっていたのだから!