GEGEGEnoGE 最悪だ。これは経験上、あまり良くない。ほんと、こんなはずでは。はたして本命の日、オレは大丈夫なのだろうか。
男男男男。見渡す限り男性しかいないそのバーのカウンターでひとり、オレは頭を抱えた。

ナマエはキルクスタウンに住む、しがない会社員だ。この度、7日間のバカンスを得ることと相成った。
とはいえ在住しているキルクスはガラル地方有数の観光地。バカンスといってもありきたりな他所の観光を楽しむ気にはなれなかったが、ナマエには行ってみたい場所がひとつだけあった。

それが、ナックルシティだ。キルクスとは異なる気候と巨大な城砦をベースに築かれた整った町並み、いろんなショップも軒を連ねるシティっぷり。そして何より、温泉を中心に観光の町としてもてはやされてはいるが、しょせん田舎のキルクスと違ってナックルシティは都会……それなりに栄えたゲイエリアがあるのだ!あるのだ!
これぞキルクス"タウン"とナックル"シティ"の大きな違いだよね!


何を隠そうナマエは生粋のゲイである。今はパートナーはいない(というかキルクスには出会いの場がない)ので、ここでいっちょ渇いた心と体を潤すために、素敵な出会いに期待して男漁りにきたのだった。他にも観光とか色々楽しむつもりだけどね!
この旅のメインの目的はナックルシティの、ゲイエリアのさらに端にあるバーのパーティ。その名も老け専ナイトなのだ!イエーイ!ロマンスグレーが好きで何が悪い!

本命のパーティは5日後なのでナックルシティに着いたその日の夜、先に様子見にバー自体を偵察に訪れたところまでは良かった。目的のバーは独特の雰囲気を漂わせるエリアの中でも外れの方にあり、町の雰囲気に合ったレンガ造りの建物で想像よりもお洒落で静かな佇まいなのが気に入ったのだった。だが……。


店に入ってすぐに注文したショットを煽って横目に辺りを見渡す。
カウンター席に着いた瞬間よく分かった。そして冒頭のごとく、今頭を抱えたいほど不安に満ち満ちている……!

店内のコミュニティが、常連で既に出来上がっていて新参お断り感が半端ない空気だ!
店内の雰囲気が露骨に常連の社交場と化している、このよそ者にドライな空気……!
バーでは往々にしてある話だ。入った店のコミュニティがすでに常連同士でガッシリ形成されており、付け入る隙もないまま寒々しい思いで間持たせに酒を飲んでそそくさと帰るってことは……。

心の拠り所に頼んだショットの空きグラスを、手のひらでもて遊びつつ深い後悔の念を噛みしめる。店の中はテーブルの方に顔なじみの常連っぽいグループがひと組。そのグループと知り合い感満載のふたり連れがカウンターにひと組。カウンターの奥まったところにひとり……ママと親しげに喋っているから、あれもきっと一見ではないだろう。そういうわけでロンリーウルフのオレが出来上がっているわけだった。うぐう。
飯屋だったら一人でも食事を楽しめるんだが、バーでこれはキツイ……!こちとら酒飲みに来てるわけじゃねえんだからなコラァ(弱気)

「おにいさん、ひとり?」

弱気になっているところで突然かけられた声に、少し驚いて顔を上げる。するとそこには褐色の肌をした背の高い男が立っていた。

「ん……そうだよ」

オレがそう答えると男は慣れた仕草で「隣いいか?」と手に持ったグラスを軽く揺らす。
奥にいたひとり客だろうか。まあ、なんにせよこの地獄のような空気の中では救世主だ。
ひとつ頷いて同意を示すと、男は長い脚を組んで隣の椅子に腰を下ろした。

年の頃はちょうど同じくらいだろうか。顔は造形よく整っていて、いわゆるイケメンってやつだ。でもいかにもゲイモテするかって言われるとどうだろうな。身体は割としっかり鍛えられているようだけど、ノンケっぽすぎて正直オレの好みじゃない。あまりにも顔がいいやつって気疲れするから避けてるんだよね、オレ。
まあこの状況じゃ贅沢言っていられない。ある意味恩人だしな、と顔に愛想のいい笑みを張り付ける。

「オレはキバナ。アンタの名前は?」
「オレはナマエ。旅行者さ」

よろしく、と言ってグラスを掲げて小気味の良い音と共に乾杯する。

「ナックルシティへようこそ、ナマエ。いったいどっから来たんだ?」
「キルクスから、ちょっとね。近場でゆっくりしたいと思って」

嘘です。男漁りに来ました。
気取った感じでボヤかし倒した方便を吐くと男……キバナはタレ目がちな目を丸くした。

「キルクスってど観光地ど真ん中だろ?!そっからここに観光なんて、おにいさん変わってるな!」

キバナがおかしそうに笑う。「そーだね。観光地的にはそうかも」と言ってナマエも同調するように笑った。
そんな風にキルクスやナックルシティ、観光地や食べ物なんかの他愛もない話を、酒を酌み交わしながらつらつらと続ける。話をしているうちに当初の氷のような疎外感もだいぶ薄れてきた。
ああ助かった、とようやく肩の力を抜いた頃にはすでに2、3回は注文を繰り返しており、店内にもだんだんと人が増えていた。おお、パーティのない夜でも結構賑わってるんだな、なんて辺りを見渡す余裕が出てきた頃ーー「なあ」と囁いてキバナがこちらに身を乗り出してきた。

「ふたりで出ないか?店も混んできたし」

その台詞とともにキバナの手がグラスに添えられたオレの手を柔く握る。

完全に誘われている。さてどうしようか、と頭の中で会議を始めた。
出るってことは、続きは彼の家でとか?店のバックルームだったら手軽だから即オッケーしたけどな〜。明日は朝早くから動くつもりだし、あんまり遅くなるのも……どうしよっかなあ。でも一夜だけならイケメン食っても胃もたれしないかな?こんな積極的だし、恩人だし。あ〜でも店も混んできたし、もう少しうろつけば好みの男をひっかけられるかも……。
黙ったままニコニコしていると、目の前の男はダメ押しのごとく「な?」と囁いてオレの手を握る指に力を込めた。わあ、マジで積極的!

チラリと名残惜しげに人のざわめく店内を見やるが、いやいやと思い直す。最初のお誘いを選り好みで袖にしていたら、収穫なしで帰るはめになったことだってあるじゃないか!バカンスはまだ長いんだし、いこうぜ。オレ!
バシッと決断して、目の前の男に視線を移す。手の甲を包むようにしていた手を、反対の手のひらでギュッと握ると晴れやかに笑った。

「いーよ、出よう」

そのままふたり連れ立って店を出る。
だいたいの雰囲気は掴んだ。多分パーティのある夜は混むだろうから、早めに入店しといたほうがいいだろう。腹ごしらえしてからでないとつらいから、あとで近場のレストランでも探しておこうかな。

夜空に冷やされた空気が頬を撫でる。体に張り付いた店の熱気が徐々にはがれ落ちていくのを感じながら、隣を歩く男を見つめた。キバナはオレの視線に気付くと、大きな口の端をニカリともちあげて「オレの家行こうぜ」と笑った。月明かりに照らされたその体躯は、薄暗い店にいた時よりも大きく見える。

「(あ、手が大きいのは好みだな)」

腕が長くてしっかり筋肉のある細マッチョな感じで、手のひらがでかい。なんだかモデルみたいだなあと思ってその手を取ると、ビクッと跳ねてすぐに引っ込められた。

「あ、悪い」

手でかいなあと思ってつい、とバツの悪い思いで言い訳のようにあやまると、驚いた様子のキバナは目を泳がせて辺りを見渡したあとで強くオレの手を握った。

「いや!つなごうぜ、手!」

結構な勢いで手をつながれてオレは目を丸くする。
いや、よく見ようと思っただけで、別に手をつなぎたかったわけじゃないんだけど。まあ気を遣ってくれたわけだし、わざわざ否定するほどのことでもないかと笑ってそれを受け入れる。
キバナの驚いたあとの剣幕が面白くてフス、と笑い声がもれた。まあ旅先だしイチャイチャするのも悪くない。バカンス特有の開放的な気持ちで、夜の道を初対面の男の家に向かって歩き出した。


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