いつもだるそうなぼうっとした表情のナマエの顔が不快そうに歪んでいる。
原因はいかにも不機嫌です、といった彼を横目で見つめこそこそと話しながら周りを通り過ぎていく生徒たちのせいであろう。好奇を孕んだ無数の視線はまるで絡みつくようで鬱陶しい。何故普段シリウスに絡まれつつも目立たなくあろうとした彼が寮……いや、ホグワーツ全体の噂の的になっているかというと、やはり原因は彼の恋人にあるわけで。事件は三日前に遡る―――。
事の発端はただの、しかし最悪のケースで訪れた偶然であった。ジェームズ達悪戯仕掛け人一行はクィデッチの飛行訓練へ向かうべく競技場への近道の人気のない通路を通っていた。
この道を知っている者はあまりいない。なんたって悲恋の乙女の絵画にいかに辛い片思いで苦しんでいるかを認められないと通ることが出来ないのである。そのため教師はおろか生徒ですらあまり通ることの出来ない便利な通路だった。(悪戯仕掛け人達が通ることが出来るのはひとえにジェームズのおかげである)ここを通れば遠くて人通りの多い回廊を人ごみを掻き分けて進まなくてもすむ。
いつものように乙女に挨拶して扉を潜り抜ける。その姿を見つけたのは無人の通路を通り抜け、クィデッチ競技場の脇の林に差し掛かったときだった。
「なあ、パッドフット。あれはナマエじゃないか?」
ジェームズの指差す方向へ視線を向ければ、そこにはナマエとレイブンクローの女の子らしき二人が向かい合って何かを話している最中だった。女の子は頬を仄かに赤く染めて恥ずかしそうにはにかんでいる。
あ、まずい。
僕がそう思ったときには時すでに遅く。ぽかんとした顔のピーターがうっかり口を滑らせた。
「あれ……もしかしてナマエ、告白されてるのかなぁ?」
その言葉を聞いてからのシリウスの行動は早かった。突然二人のほうへ駆け出したかと思うと女の子とナマエの間に割り込む。さすがにジェームズもこれはまずいと思ったようで顔を青くしてシリウスの元へ駆け出した。ピーターにいたっては蒼白だ。突然割り込んできたグリフィンドールの王子様に女の子は目を白黒させて驚いている。
するとシリウスはガッと乱暴にナマエの腕に自分の腕を絡めた。シリウスの表情は怒っているというか焦っているというか……とにかく必死で、周りのことなんかまるで見えちゃいない。
「ナマエは俺の恋人だ!!」
競技場の脇にシリウスの大声が響いた。相手の女の子はもちろん周りにいた生徒達も目を点にしてナマエとシリウスを見ている。
なあ、ナマエ。
シリウスが同意を求める前に、その整った顔にナマエの拳がめり込んだ。不意打ちの衝撃にシリウスがその場にふらふらとしゃがみこむ。女の子は、泣いていた。周りの視線がナマエに突き刺さる。生徒達は噂好きだ。それはもちろん、色恋沙汰の話しだって大好物。お相手はずっと硬派だと思われていた(ふたりはナマエの強い希望により恋人であることを隠していた)グリフィンドールの王子様。つまり、ようは、そういうことだ。
以上の三日前の出来事により瞬く間に広がった噂は今やホグワーツのスキャンダルであり注目の的だ。しかもナマエがシリウスを殴ったことから「ナマエはシリウス・ブラックのことが好きでもないのに付き合って、弄んでいる」なんていう尾ひれまでついてしまっている。今までひたすら目立たないように努力してきたナマエにとっては、まさに最悪の状況である。
その結果シリウスはそれ以来1週間部屋に引きこもっている。ナマエはナマエで常に浴びせられる視線にかなり不機嫌だ。シリウスが普通に謝ったくらいじゃ許しそうもない。まったくもって厄介な恋人達である。
大体いつも噂の中心にいるようなシリウスとの仲を今まで隠し通せたこと自体が奇跡に近いのだ。
「おーい!リーマス・ルーピン!!」
突然かけられた声に振り返ればナマエと一番仲のいいジル・フレイヤ(シリウスは彼によく嫉妬していた)が、急いだ様子でこちらに駆けてきた。
「どうしたの?」
いつも余裕のある彼にしては珍しく、ひどく焦っているようだ。
「ナマエが!やばいんだよ!あいつここんとこ皆に注目されてただろ?それがなんか爆発したらしくて!「シリウス・ブラックのところへ行く」ってすっげぇキレた感じで言って聞かないんだよ!ブラック前殴られてたけど、今度はそんなもんじゃ済まねえかも!」
「……げぇー……ほんと?」
僕が確認すると彼はこくこくと首を縦に振った。確かにこの間の様子からすると今、シリウスとナマエを会わせるのはまずいかもしれない。最悪シリウスが医務室送りになるかも……。
「じゃあ僕はこれからジェームズたちに連絡してシリウスを何処かナマエの行かなさそうな所に連れて行くから、君はナマエを説得するか止めるかしてて!」
そう言って駆け出すと後ろで「分かった!」と声がした。急いで談話室へ駆け込みリリーにちょっかいを出していたジェームズに事情を説明すると、聡明な彼はすぐに事の重大さを理解してシリウスのもとへ飛んでいった。寮の部屋に行くとベッドでシリウスがシーツに包まって丸まっている。
まだ落ち込んでいるのか、シーツを剥ぎ取れば涙の後の残る瞳がこちらを向いた。
「シリウス!ナマエが来るぞ!すぐに逃げよう!」
「ナマエ……?」
ジェームズの言葉にシリウスが反応する、と同時にいきなりぼろぼろ泣き出した。
このへたれは!!
「リ、リーマス?」
ジェームズの問いかけを無視してナマエの名前をつぶやくシリウスの腕をガッと掴みベッドからひっぱり出す。
「とにかく!ここから出ないと!」
修羅場に巻き込まれるのはごめんだ!!
シリウスの手を引いて廊下を走る。僕らが通り過ぎるたびに生徒達の「ブラックだ……」「ナマエと……」「恋人じゃないらしい……」「付き合ってもいないのに……」という噂話が耳につく。
当人じゃない僕だってイライラするんだ。ナマエなんかに耐えられるはずもない。
「これは……ナマエがキレたのも頷けるな……」
ジェームズの呟きに心の中で同意を返した。
とりあえず、ナマエのいなさそうな食堂の方へ行こう。あそこなら人通りが多いからナマエは食事のとき以外近づかない。
「リー、マス」
久々に聞く、少し掠れた声でシリウスが弱々しく呟く。
「俺、ナマエに……嫌われた、かな?俺……ナマエの……恋人、だよな?俺、俺……あいつの恋人でいてぇよ……」
そういってまた俯くシリウスに僕の中の何かがぷつんと音を立てて切れた。シリウスの方を向いてその胸倉を掴みあげる。
「こ!の!大馬鹿カップル!!好きなら好きって言えばいいだろ!ナマエが面倒くさがりでずぼらでどうしようもないってことは最初から分かってたことじゃないか!大体そういうやつなんだからたまにはガツンと言ってやればいいんだよ!」
息が、きれる。はあはあと呼吸を整えていると「リーマス……すげぇ」という声がどこからか聞こえてきた。シリウスは目をぱちくりさせた後でこくりと頷いた。
「……そうだよな」
シリウスの目に光が宿る。ぐっと拳を握って、いつものように笑った。
「あんまりつれなくすると嫌いになるって、言ってやる!」
少し元気になったシリウスに微笑む。そうだ、たまにはあのうすらボケをへこませてやればいいんだ。いつも振り回されてばかりなんだから。(僕を含め)
「ル、ルーピン!!」
焦った声に振り返ればジルがナマエの腰にしがみついた状態で引きずられながらやって来た。あの人ごみが嫌いなナマエが、自らここに来るなんて!と驚いている暇はない。ナマエは無表情でこちらにずんずん突き進んでくる。背が高いから、その威圧感はかなりのものだ。おのずと生徒達の道が開いてシリウスの元へ伸びる。シリウスの表情は少し硬かったがナマエに自分の意見を言おうと心に決めているらしい。ナマエの眉間に皺が寄る。怯みそうになるが尚も近づくナマエをまっすぐに見てシリウスが口を開く。
「ナマエ、俺だっておま……」
言いかけた言葉は飲み込まれた。
唐突に寄せられた、ナマエの唇によって。
「…!!?……ッは……!」
キャーー!!!という生徒達の歓声が津波のように押し寄せる。音の洪水の中でナマエがゆっくりと唇を離した。シリウスの顔は真っ赤に染まっていて、目はとろんとろんに蕩けている。
あ、これはもうだめだ。
ナマエがゆっくりと顔を上げ辺りを見回した。
「好きでもないのに付き合っただの、弄んだだの、ずーーっと噂してくれやがって……」
地を這うような声で呟いたナマエは不機嫌そうに叫んだ。
好きだ、大好きだ!これでいいか!!!
(とても幸せそうに笑って嬉しそうに「ナマエ…!」と呟くシリウスを思いっきり殴りたくなった)(一生やってろこのバカップルが!!)
※タイトル改変いたしました
♪Thanks title by 確かに恋だった