end(old)
気付けば平原にいた。辺りを見渡しても何もない。360度視界の開けた丘だ。ここは何処だろう。ここに来る以前のことを思い出そうとするが全く思い出せない。頭に霧がかかってしまったようだ。
ぼんやりと纏まらない思考を放棄して取り敢えず歩き出すことにした。一歩踏み出すと足が地に着ききらぬような不思議な浮遊感がする。

「……あ、」

ふいと足元から視線をはずして前を見ればそこにはナマエがこちらに背を向けて静かに佇んでいた。

「ナマエ」

よかった、と名前を呼んで駆け寄るがナマエは振り返らない。

「ナマエ?」

不審に思ってもう一度呼び掛けるがナマエは全く気が付いていない様子で歩き出してしまった。

「ちょ、待ってよ!」

どんどん小さくなっていく背中を必死で追いかけるが何故かどれだけ走っても追い付かないどころか距離は開く一方だ。

「ナマエ!!」

大声で叫べばやっとナマエの足がぴたりと止まった。そのままゆっくりとこちらを振り替える。逆光で表情がよく見えない。

「佐助、俺は――」

ナマエの姿がぼんやりと歪んだ。視界がどんどん白んできて声が遠ざかっていく。何を言っているのか聞き取れない。薄れゆく世界の中で微かにナマエが微笑った気がした。



はっとして目を見開く。ゆっくりと深呼吸をすれば黴臭い淀んだ空気が肺に流れ込んできた。

「(今、俺様……寝てた?)」

いや、まさかそんなはずが。しかし今まで視ていたあれは何だったのだろうか。
目を軽く瞬かさせて辺りを見渡す。埃っぽい梁に煤だらけの天井、鼠の通ったような足跡もそこかしこにある。平原なわけでも、ナマエがいるわけでもない。戸板の隙間から要人が見えること以外は見間違うことなくただの天井裏である。
ということはやはり先程視たものは夢だったのか。今だかつてない出来事にひとり首を捻る。

「(俺様本気で寝てた?今までそんなことなかったのに……。でもさっきのあれは確かに、)」

夢、だったのか?

「(なんだか嫌な予感がする)」

胸を締め付けるような漠然とした何か。
そっと音をたてないようにその場を抜け出す。今回の任務は他国の要人の監視だったがもう切り上げてもいいだろう。それよりもナマエのことが気になる。
とん、とあらかじめ用意しておいた抜け道から滑り降りて忍鳥を呼び出す。一応任務に必要な情報は得ている。あとはそれを大将に報告すればいいだけだ。

足を掴んで合図をすれば忍鳥が飛び上がる。ぶわりとあの夢で感じたものとは全く違う現実の浮遊感が俺様を包み込んだ。

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「ナマエ!」

城に着いた俺様は取り敢えず大将への報告は後回しにしてナマエのいる牢へと駆け込む。ナマエはまた寝ていたらしくとろんとした目をぱちぱちと瞬かせていた。

「さ……すけ?」

俺様の名を呼ぶ声にほっと胸を撫で下ろす。
ああ、良かった。消えていない。ナマエに会うと今までの不安が嘘のように消えてゆく。そうだ、ナマエは確かにここに居るのだ。ここにさえいれば安全だし夢の中のように何処かへ行ってしまうこともない。ここからは出られないのだから。

「―――、」

出られない?
目の前を遮る格子に手をかける。頑丈なそれはただひたすらに無機質な冷たさだけを手のひらに伝えてくる。

「佐助?」

ナマエの手が格子を掴む俺様の手にそっと触れた。格子とは違う俺様の好きなナマエの温もりが伝わってくる。
ナマエは以前外を散歩するのが好きだと言っていた。その前は微かに香る雨の匂いに顔を綻ばせていた。
顔を上げると心配そうな表情をしナマエがこちらを見詰めていた。淡い墨色がゆらゆらと揺れている。

ナマエは、ナマエは外へ出たいたろうか。この時がずっと続くとは思っていない。だけど忘れていたのだ。いつかナマエはここから、俺様の元から去ってしまう。だから俺様は以前故郷のことを懐かしそうに話していたナマエを見て胸が苦しくなったというのに。

「ナマエ、」

俺様はナマエを失うことが恐ろしい。何処かへ行ってしまいそうな儚げなナマエが怖い。初めて、自分が欲しいと望んだものだから。

「ここにいる、よね?」

悄然と呟いた俺様にナマエは目を丸くしつつもすぐに曖昧に笑って頷いた。

「ああ……ここに、いる」

それは確かめるような声音だったがそれでも俺様は安心した。ナマエの手が俺様の頬に触れる。心地好いそれにこの時が永遠になればいいのに、と俺様はなおも不安の原因を追究しようとする思考を手放した。




(何故さっき俺様はナマエが"消えてしまう"と思ったのだろう)(不透明な不安を拭い去るように格子越しの温もりに縋りついた)

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