end(old)
ぎしり、という音をたてて地下へと続く扉が開く。緩慢な動作でそれを閉めれば煩く降り注ぐ雨の音もぴたりと止んで後には冷たいばかりの静寂が残った。真っ直ぐにナマエの牢を目指せば、しんとした牢の中にこつこつと俺様の足音だけが響く。

「佐助……?」

昼間ほとんど寝ていることの多いナマエだ。夜もだいぶ更けた時刻にも関わらずどうやら起きていたらしい。足音だけで俺様と分かるのか、しかし応えは返さずに格子越しに佇めばナマエはふいとこちらを見上げた。微かな明かりに墨色の瞳がきらきらと反射する。さながらそれは小さな宇宙のようだった。

「ねぇ、ナマエ……」

俺様が呼べば視線がかち合う。改めて俺様の姿を見とめたナマエが驚いたように目を見開いた。

「佐助……血、が」

言われるがままに体に視線を落とせば雨では落ちきらなかったのだろう。迷彩の忍装束は胸から腰の辺りにかけてどす黒く染まっていた。頬を伝い落ちる滴も血を含んで赤く濁っている。
そう、これが。これが忍の、俺様の本当の姿なのだ。

酷く瞠目するナマエの瞳に心が悲鳴をあげる。そんな目で俺様を見ないで。俺様を拒まないで。
だけど、もういいのだ。もうすぐこの痛みも、消える。
確かめるようにぐっとクナイを握ればそれは変わらぬ重さで俺様の手の中にあった。

「……ナマエ…」

俺様に、殺されて。
格子越しに呼び掛ければナマエが近付いてくる。あと少し。俺様は右手の凶器に力を込めた。

「怪我してるのか……!」
「、え?」

振りかざそうとしていた手が止まる。同時に頬に暖かいものが触れた。
ナマエの、手だ。

誰かにやられたのか?痛いか?手当てはしたのか?
そんなことを聞きながらぺたぺたと身体中を触りまわる掌にびくりと身体が跳ねる。

「あ……」

あたたかい。

「佐助……泣いている、のか?」
「え?」

雨とは違う温かく流れ落ちるそれにナマエの指先がそっと触れる。その手つきのあまりの優しさに再び涙が溢れた。

「な、んで」

からん、と手からクナイが滑り落ちる。行き場をなくした俺様の手をナマエの手がきゅっと包んだ。白く柔らかな手に赤黒い血が付く。

「ナマエ、手が、」

赤く、汚れてしまう。

「かまわない」

怪我がない事を確認したのか動き回っていた手が止まり俺様の濡れた髪をそっとかき上げる。

「汚れても……また綺麗になるだろう?」
「……っ!!」

その言葉に、救われた気がした。
思わず格子越しにナマエに抱きつく。ふらつくのもお構いなしにすがり付くように両腕に力を込めれば戸惑いがちにナマエも俺様の背に手を添える。壊れものを扱うように触れるナマエの手がどうしようもなく愛おしかった。遮る格子も気にならないほどに。
頭の中に立ち込めていた霧が一気に晴れたようだった。涙を流すたびに心に溜まっていた嫌なものが流れ落ちて、代わりに温かな何かで満たされていく。それは不思議な感覚だが、今まで感じた何よりも心地よかった。

「ナマエ……」

俺様、あんたのことが好きなんです。

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