end(old)
助けて、と言ったのはいったい誰だっただろうか。
ざあざあと降る雨の音が耳につく。足跡を残さないためにさっと木に跳び移るとそのまま後ろを振り返らずに駆け出した。雨は臭いを消してくれる。追手も追跡しにくくなるだろう。

目的の暗殺には成功した。忍を雇う金をけちったのか、それとも疑われていることに気付いていなかったのか予想よりも警備の薄かったこの屋敷に入り込むのは簡単だった。ただ――。
思い出して思わず足を止める。

『助けてくれ!』

武器を振りかざした刹那耳に入ったその言葉に一瞬戸惑った。一撃で終わらせるはずだったそれは急所を外れて喉笛のすぐ横に真紅の亀裂を走らせる。全身に赤い血飛沫が降り掛かった。まずったとすぐさま今度は正確に息の根を止めたが悲鳴が微かに漏れてしまった。どうしてあそこで一瞬躊躇したのだろうか。いや、本当はもう理由など分かっているのだ。
ふい、と血濡れた自分の両手に視線を落とす。ナマエの傷ひとつない手のひら。自分の赤黒く血濡れた手のひら。

「な、んで」

いつも、いつもだ。いつもナマエの顔が浮かんでくる。忘れたいと思い忘れたくないと想う。触れたいと願い触れられないと嘆く。話せば話すほどナマエと俺様の距離は近くなり抱いた想いは大きくなる。それの姿を見極めるのが怖くて目を反らして耳を塞いで。でも、それでもどんどん苦しくなって、
くらりと身体が傾ぐ。その場に崩れ落ちるように項垂れると、かしゃんと無機質な音をたててクナイが懐から滑り落ちた。先ほど哀れな男の命を奪ったクナイだ。赤黒い血に雨の滴が溶け合って、てらてらと妖しげな鈍い光を放っている。誘われるようにそのクナイを手に取ると混濁とした思考の中にぱっと新たな答えが閃いた。

そうだ。苦しいというならば、その元となるものを絶ってしまえばいい。それは素晴らしい名案のように思えた。どうせ前から怪しいならば始末してしまおうと思っていたところなのだ。ナマエらしき異国人の情報は今だ入っていない。ナマエの存在を知っているのは俺様以外には一部の部下しか知らないのだ。ぐっとクナイを握る手に力を込めて立ち上がる。

早く、早く城に帰ってしまおう。帰って、そして、ナマエを―――。

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