短編
!転生補助監督主
!男主←夏油



野良猫に餌をやる。それはとても楽しい、気やすくて残酷な娯楽だ。目の前に現れる愛らしくてかわいそうな生き物──しかもそれがまだ幼い子猫だったりしたらたまらない。美味しい餌を与え、戯れに撫でて、必要ならば少しばかり毛布で温めてやる。けれど決して飼うことはしない。その命に責任は負わない。
楽で美味しいところだけつまみ食いして可愛がり、いいことをした気持ちになる。わずらわしいことは何もない、まさに完璧な娯楽。


「ありがとうございます。いつもすいません」

コンビニのレジ袋に入ったいくつものお菓子や飲み物を見つめてから目の前の学生──夏油傑が申し訳なさそうに眉を下げる。それを見ていやいや、となるべく彼が負担に思わないように軽い笑顔を浮かべた。

「ちょっとした差し入れだからホント気にしないで、よかったらみんなで食べてよ」
「悟の前で広げると一瞬で無くなるんで、部屋でこっそり食べますよ」
「へえ、五条くんってそういうのも好きなんだ。意外だな。高そうな和菓子とかしか食べないのかと思った」

そう軽口を叩くと、隣を歩く少年はクラスメイトの姿を思い浮かべたのか、フフッとしがないコンビニ商品をあげた時よりは幾分か柔らかく笑った。


俺は呪力がちょっと使えるだけの平凡な男だ。大して名家でもない、風が吹いたら消え飛びそうな呪術師の家系に生まれ、めざましい成績も残さず高専を卒業し、大層な目的もなく補助監督として日々諾々と生きている。何か特別なことがあるとしたら、そう。
呪術廻戦という漫画のファンだったということ。
一年前入学したピカピカの一年生を目にした時、雷に打たれたかのような衝撃とともに俺は前世?の記憶を思い出した。五条悟、夏油傑、家入硝子。両面宿儺の指を食った少年。呪術世界。徒党を組んだ特級呪霊の集団。たくさん人が死ぬハロウィン。長大な規模の結界儀式。
あの漫画通りの出来事に巻き込まれるのはごめんだ。ああなる前に海外へ高飛びするために、大人しく高専で働きながら金を貯めている。
その少年によくしてやろうと思ったのはほんの思いつきだった。
補助監督としてまだまだ下っ端の俺は、新米呪術師である学生の補助につくことが多々ある。ぶっ飛んだ学生も多い中で、彼は礼儀正しく、無茶をすることもしばしばだがその人柄に好感が持てたのだ。本当に。あんな風に死んでしまうことがかわいそうなほどに。


「お、夏油くん」

自販機の前でパネルのラインナップを眺めている長身を見かけて思わず声をかける。こちらを見留めた少年は砕けた調子で俺の名を呼んだ。

「またこんなとこうろついてるんですか? 木曜の任務の用意しなきゃなんじゃ?」
「なんで俺から言う前に知ってるかな〜。……今からしに行くとこだよ。ホラ、何飲むの」

二百円を自販機に吸い込ませてうながすと彼は「どうも」と軽く礼を言って五百ミリサイズのお茶のボタンを押した。ガコン、という重い音と共に滑り落ちてきたペットボトルを大きな手がつかむ。
出てきたお釣りを屈んで回収していると、間髪入れずに今度は夏油くんが自販機に小銭を入れだした。『は?』と思いながら見ていると、あったか〜い缶コーヒーを購入して俺に差し出す。

「あれぇ、意味ね〜コレ」
「フフッ、少しは財布の紐閉めた方がいいですよ。こないだも焼き肉ごちそうになったばっかりだ」

開けたばかりのペットボトルを口に運んで少年が笑う。俺がこの年頃だった時よりは大人びているが、それでも青々とした仕草だった。

「今度行くときまでに貯めといてくださいよ。次は私、叙々苑がいいな」
「分かったわかった。お手柔らかに頼むよ。さすがに友達呼ぶのは勘弁してくれな」
「任務終わりにわざわざ呼んだりしませんよ。じゃあ、予約入れておくんで」

いそいそと携帯を取り出した夏油くんは「任務帰りに寄れる立地の店はどこかな」なんてさっそく調べようとしている。ちゃっかりしているその様子に俺はまなじりを下げて息をついた。

「なに、もう祓除した気でいるの?何時に終わるか分かんないでしょ」
「二級の呪霊なんてそんなにかからないですよ。最近新しいやつも手に入れたし」

気後れする様子もなく堂々と言ってのける様はさすが、未来の特級術師だ。カコカコと淀みなくキーを押して検索を進める頼もしい姿に気の抜けた笑いを返して、もらったばかりの缶コーヒーのプルタブに指をかける。

「さすが、新進気鋭の呪術師サマは言うことが違うね」

カコッという音は小気味よい。ふうわりとしたコーヒー豆の香りが芳ばしく鼻腔をくすぐった。

「まぁね」

そう軽口を叩きながら笑った顔は、年相応の少年らしさを含んでいて。微笑ましいと同時にどうしようもなく、いたましく思った。





「キミ、夏油くんに弱みでも握られてるの?」

保険医の佐々木先生は不思議そうに首を傾けながら俺に問いかけた。腕に抱えた段ボール箱いっぱいの医務雑貨がずっしりとした重みで腕をさいなむ。肩から気の抜けるような疲労を感じて、事務員さんから雑務なんて引き受けるんじゃなかったかも、と少し後悔しながらそっと抱えた荷物を棚の前の床におろした。
言っている内容はよく分かる。今までも何度か似たような質問をされたことを思い出しながら、定型文のように用意しておいた言葉を吐いた。

「弟に似てるんですよねー。……すくすく育ってたらこんな感じだったのかなって」

死んだ感じを匂わせているがもちろん嘘だ。弟は死んでないし、俺とはすこぶる仲が悪い。長男(俺)は鳴かず飛ばず、次男は非術師ってことで家のあれそれに揉まれてすっかりひねくれてしまったという意味ではすくすく育ってはいないわけだが、まあ言葉にできない理由を取り繕うための雑な作り話だった。
本当のこと──ここは漫画の世界で夏油傑はいろいろあっていずれ親友に殺されるから、なんかかわいそうで目の前にいる間は出来るだけ親切にしている──なんて言えるわけがない。
死んでいく仲間たち。命をかけて助け続けているのに、その苦労も知らず無理解に足を引っ張る非術師。自分を置いていく親友。虐げられる幼い子供。ぶら下げられた強烈な解決策。
その全てに晒されてあんな風になってしまう、その張本人が目の前で楽しそうに笑って生きているのだ。俺には何もできないけど、少しだけ飯を奢ったり、優しくしたりすることくらいささやかな慰めだろう。
それでもやっぱり事情を知らない人からすれば、ただ一人の学生を妙に特別贔屓しているようにしか見えないわけで。これが女の子だったら事案である。弱み握られてる?くらいで済んでいるのはまだマシな方なのだろう。

「そっか。まあ仲良くなるのはいいことだけどね。他の生徒さんの手前もあるから、ほどほどにしときなね」
「忠告痛み入ります。歳が近いんで、仕事中だってのについ気安く接しちゃって」
「でもほんとに後輩であることには変わりないからね。特にあの学年は五条家のすごいのがいるし! 夏油くんの方がかわいがりやすいの、分からなくもないけど」

俺が持ってきた段ボールの中に入った備品を整理しながら佐々木先生が軽く笑う。そして手に取った薬品の瓶を片手で撫でながら視線を落とした。何かを懐かしんでいるかのように指が静かな手つきでラベルをなぞる。

「仲の良い呪術師が亡くなるのはキツいよ」

念を押すような声音だった。ハッとして顔を上げる。佐々木先生は口元だけでゆるく微笑んだ。もちろん目は笑っていない。

「特に若い子は……。かわいがるのが悪いってわけじゃないけど。ただ、そういうことは心に留めておきなさいね。君のメンタルのために」
「……はい」

補助する側としての忠告を、どこか鼻白んだ思いで受け流す。
そんなことはいまさらで、意味がない。俺は夏油傑がいつ、どこで、どんな風に死ぬか知っているから親切にしているのだから。まあ、最近では元気に過ごす彼を見て、もしかしたらあんなことは起こらないんじゃないだろうかと思ったりもしているわけだが。
だってそうだ。現実、俺の目の前にいる彼は大人びてはいるけど友達とどっちが強いかなんで理由で喧嘩したり、桃鉄でボンビーつけられたら執拗につけてきた相手を狙い撃ちしたり、箸袋で折り紙するのがうまかったり……なんていうか、普通の高校生だ。夏油くんが高専を裏切ったりするとは思えない。思えないんだよ。非術師殺すとか、テロとか、裏切りとか、死ぬとか……。
古くなった椅子の裏みたいな、すり切れた消毒液の匂いが鼻についてくらくらする。急に体が重く感じて、無人のベッドに歩み寄ると雑に腰を下ろした。無機質なパイプ造りのスプリングが拒絶するような軋んだ音を立てて俺を受け止める。頭と肩が妙に重い。腰を下ろした勢いのまま真白のシーツに倒れ込んだ。刺すような頭痛を感じて目を閉じる。
薄桃色のカーテンに囲われたベッドは目を閉じてもどこか視界が明るく白んでいる。「おーい」と自分の名を呼ぶ声が聞こえたが、なんだかどっと疲れてしまってそそくさと靴を脱いであらためて布団に収まった。

「あんまり調子良くないんで、少し休んでいっていいですか」

返事を聞く前に意識をすぅ、と眠りに切り替える。なにやらいろいろ言われたような気もするが、現実逃避をするように柔らかく意識を散らした。


ふと目が覚めたのは人の声が耳に引っかかったからだった。まだ覚醒しきらない思考でぼんやりとまぶたを開ける。素足に触れる温んだ布団の感覚が心地よい。足の指をわさわさと小さく動かす。体温で温まりきらなかった部分につま先が触れて、ひんやりと足先を冷やした。自分の熱がじんわりと広がっていく感覚が気持ちいい。あらがい難い心地よさに包まれたまま、まどろみに再び意識を沈めようとまぶたを閉じる。

「しら……な……。……つ……きい…………な……かな……」
「……か…………うん……」

また声が聞こえた。ふたり分の声だ。思考が動き出すと同時に意識が明瞭になる。

「それって……、……が特別なんじゃないの?」
「わたしが?」
「うん。よかったじゃん」

男女の声が聞こえる。佐々木先生の声は聞こえない。
どれくらい眠っていたのだろう。目を開けると周りを囲むカーテンが夕日で赤く染まっているのが見えた。ずいぶんしっかり寝てしまったらしい。

「うわー嬉しそう。キモ」
「……硝子」
「気があるならさっさと告れば。貢がれてんでしょ? ゲトークン」

飛び出した親しい人物の名前を聞いて頬を張られたような衝撃に目が覚める。

「茶化さない。……最近、灰原とも親しくしてるみたいなんだ。餌付けしたり、古着を譲ったり」
「マジ? 二股かけられてんじゃん」
「…………」
「ピリつくなよ。で? お下がりが羨ましいならもらえば」

興味のなさそうな声音の問いかけがあった後、しばしの間が落ちる。聞こえてきた声はよく聞けば確かに会話に挙がった名前の人物──家入硝子と夏油傑のもののようで、思わず息が浅くなった。……これって聞いちゃいけない会話なのでは。
それに話題に上っている"夏油くんに貢いでいる"、"灰原くんと最近親しい"、"食べ物や古着を贈っている"人物とは……。

「(……俺?)」

まさかの自分の話題と思しき状況に、気になって耳を澄ます。

「サイズが合わない服を欲しがるのは変だろ。私が知りたいのは理由だよ。何故……」
「自分だけじゃないのか?」
「違う。……優しいのか、だよ。特定の人にだけ。……勘違いするだろ」
「自分みたいに? 少なくとも夏油への貢ぎ方を見てると勘違いでもなさそうだけど」

再び、間。天井の配管を空気が抜けるような、換気扇の微かな稼働音だけが耳朶に触れる。

「私だってそう思いたいよ」

返されたひと言に薄いカーテン一枚を隔てた先でひとり、言葉を失った。
ほぼ同時にガラリと戸の開く音が静寂を打ち破る。ぎょっと心臓が跳ねると共に「先生」という家入さんの声が聞こえてきて血の気が引いた。佐々木先生がやってきたのだ。不味いと思い、咄嗟に目をつぶって寝たフリの体勢に入る。

「家入さんお待たせしてごめんね。今日の分は終わった?」
「はい。お願いします」
「じゃあ次は火曜日に。解剖学はかなり出来てるから、ワンステップ先をやっちゃいましょうか」

足音と、椅子から立ち上がるような音。目元を見られると寝たふりなのがバレそうな気がして枕に顔を押し付けた。こっちに来るな、と祈るような思いできつく目をつぶる。
しかし、願いは虚しくカーテンレールが勢いよく引かれる金属音と共に、明るい光が突き刺すように俺を貫く。

「まだ寝てるの?キミもそろそろ帰りな」
「……ぅ」

今起きました、というように小さなうめき声をあげる。わざとらしいと思われる加減がよく分からなくて、のろのろと起き上がりながら頭をフル回転させた。起き抜けってどんな感じだっけ。声は掠れてる?目はどのくらいしょぼついてた?呼吸は?視線は?
佐々木先生が目の前で何か言っている声が遠い。ずっと下を向いているのも不自然な気がして、意を決して顔を上げた。ふたりの生徒が視界に入る。大柄な彼がそこにいた。

「あ……夏油くん」

黒い瞳が俺を見つめる。引き結ばれた口から言葉が出ることはなく、小さく息を呑んだのが気配で伝わってきた。見ていられなくて思わず視線を逸らしてしまう。今のは不自然ではなかっただろうか。

「家入さんも……恥ずかしいとこ見られちゃったな。ハハ……」
「恥ずかしいと思うなら自分の管理はしっかりしてください。ホラ、行った行った」

シッシと手を払われて追われるようにベッドから立ち上がる。佐々木先生に視線を送ると、真っ直ぐに瞳を見つめ返された。寝てしまう前の忠告を念押しするように。

「じゃあまた火曜日に。夏油くんは……何か用だった?」
「……ハイ、硝子に。もう済んだので戻ります」

少しの間を置いていつもと変わらない声音が返事を返す。その言葉を聞いてここに留まりたい気持ちが強くなるが、不自然な気がして思いとどまった。いつもの自分なら一緒に行くんじゃないか?

「じゃあ俺も一緒に行くよ。佐々木先生、ありがとうございました」

動揺を抱えたままふたりに向き直る……と家入さんは既に姿を消していて、夏油くんだけがそこに立っていた。大きな背中を追うように医務室を後にして、薄暗い廊下を男ふたり並んで歩き出す。

「俺はもう帰るけど、夏油くんは寮?」
「ハイ。寮母さんに夕飯お願いしてあるんで」
「あ〜懐かしいな。寮の飯、好きだったよ。たまに食べたくなる」
「食べにきてくださいよ。悟のってことにしてふたり分頼んどくんで」
「……いいね、それ。っていうか、普通に俺たちも頼めたらいいのにな」

ちらりと横目で夏油くんの様子をうかがう。いつもは弧を描いている口元が下がっているのを見て焦りが募る。しかし下手に二の矢も継げず、斜陽が差し込む廊下にはただ沈黙が落ちた。じりじりと背中に汗が滲み出る。
「あの、」と夏油くんが俺の名を呼んだ。
ぎくりと心臓が跳ねるのを感じつつ、努めていつも通りの表情を浮かべる。

「医務室で私たちの会話、聞こえました?何を話していたか」

真っ黒の瞳が俺を覗き込む。俺は目を真っ直ぐ見返して「いや……」と答えた。

「全然。超熟睡してたみたい。なんか大事な話だったの?」

そう惚けてみせると夏油くんは少し何かを考え込むようにした後で「いえ……」とだけ小さく返して黙り込んだ。
この少年が俺のことを……好き? そんなはずないだろう。
先ほどの会話を反芻しようとして、はたと思い返す。余計なことを考えて今ボロを出すのだけは避けたい。頭の中からさっきの出来事を追い出して、他愛もない会話に神経を集中する。
そうでもしないとぐるぐると考え込んでしまいそうだったから。
 




それから俺は考えた。あの時、聞いてしまった会話を思い起こして。俺が親切にすると、彼もだんだん同じように親しげに返してくれるのが嬉しかった。でも、もう潮時なのだろう。
気付かれないように食事の回数を一度、お土産を渡すのを二度、顔を合わせるのを三度。ゆっくりと少しずつ頻度をズラして、控えて、回数を削っていく。
話しかけられれば普通に応える。任務や高専内で偶然会ったりした時にそのまま無駄話をするのを減らす代わりに、自分から何かに誘うことを少し増やした。忙しそうなタイミングで誘えば相手は断るしかなく、実際に約束が結ばれることはそれほどなかった。
避けられていると悟らせないように会うことを減らしていく。少しずつ、少しずつ進めたフェードアウトはなかなか順調だった。

「今日は私が全部出すんで」

夏油くんに待ち合わせ場所で顔を合わせて開口一番にそう宣言されて、俺は面食らった。

「は……ん?いやいや?!自分の分は出すよ!!年下に出してもらうなんてないって!」

その日は俺から映画に誘い、久しぶりに予定が合って約束した一日だった。普通に見たい映画だったので楽しみにしつつ、そのあと何食うかな〜とノホホンと考えていたところに投下された発言に慌てて固辞を呈する。
しかし夏油くんは驚く俺を制して言い募った。

「いつも良くしてもらってるから、ささやかなお返しですよ」
「お返しって……俺がやりたくてやってるだけだから自己満足だよ。そんな気にしなくていいって」
「じゃあこれも私の自己満足さ。おんなじで、やりたくて言ってるんですよ」

ね、と微笑みを浮かべる夏油くんはどうにも引きそうにない。あんまりしつこく断るのも変か、と諦めた俺はひとつ息をついて了承した。

「じゃあありがたく。ゴチになります」

俺がそう返すと夏油くんは柔らかく笑った。チクリと罪悪感が心を刺した。
その後は昼にラーメン食って街をぶらついて映画を見た。宣言通り夏油くんは飯も映画のチケット代も出してくれた。ふらっと寄ったゲーセンのクレーンゲームまで払おうとしたので、それはなんとか阻止した。

「思ってたよりよかったですね。しっかりミステリーで」
「おー、ちょっと壮大すぎ感はあったけど暗号んとこ面白かった! ヒロインも美人だったしな〜」

映画の感想を言い合いながら、またぶらぶらと繁華街に向かって街を歩く。もうすっかり日が落ちた空は藍色で、西の空だけが太陽の名残を惜しむようなオレンジ混じりの淡黄色に染まっていた。辺りの店々も灯りを灯している。
不意に「プレミアムロール」と書いたのぼりが目に入り、あることを思いついた。ちょうど目の前にあった公園で夏油くんを待たせてコンビニに立ち寄る。

「今日はほんとありがとな。コレ、よければ寮の子たちと食べてよ」

コンビニで買い込んだレジ袋に入っているのはお菓子やカップ麺だ。これならいらないものは友達に回せるし、それほど負担にならないだろうとカサつく袋を差し出した。
夏油くんが少しだけ目を見開いてから、俺の名を呼んだ。深呼吸してから、こちらを見る。

「……前たずねた保健室での会話、聞いてましたよね」

予想外の言葉に顔が強張る。じり、と無意識に足が一歩下がった。その音が妙に耳に引っかかって、動揺を大きく膨らませる。何故バレたのか分からなかった。
取り繕おうとしたが、一瞬開いた空白はどうしようもなく問いかけを肯定していて、俺はただ口をつぐむ。夏油くんは鋭い目でこちらを見ている。

「私も、さっきまで全然気付いてなかったんですけど。お返しってソレ差し出された時、ふっと思っちゃって。カマかけみたいになっちゃったけど」

夏油くんが顔を伏せる。険しかった眉がふ、と下がった。

「……なんでかな」

こぼされた呟きには後悔や悲しみや諦めのようなものが含まれていた。それはそっくりそのまま俺の感情の鏡だ。
途端に罪悪感に胸が締め付けられる。やはり聞かなかったことにしたのはよくなかった。距離を置こうとしたのも。でも、どうすればいい?夕日に包まれた医務室の情景が蘇る。

「夏油くん、俺は──」

俺は、なんだ?
自分で言いかけて、乾いた空気が口の中を転がった。俺は自分がいかにこの状況を侮っていたか思い知る。
だって漫画では夏油傑が男を好きになるなんてシーンなかった!呪詛師になった後もなんか仲間にセクシー秘書みたいな人いたし!だからきっと何も起こらないって。多分仲のいい友達が誰かに取られたような気がして、ヤキモチ焼いたみたいになった。それだけだって。でも。
目の前の少年は、必死の顔で俺を見る。まぶしそうに少し目をすがめて。けれど不安そうに眉を寄せて。何か言いかけた俺を、縋るような瞳で見つめている。その様子に心が締め付けられた。
ダメだ。

「(断れない)」

もし、夏油くんに告白されてしまったら俺は断れない。
かわいそうだなんて、そんな感情であんなこと、するんじゃなかった。

「(恋愛なんて絶対無理だ。ゾッとする。付き合えない)」

でも、夏油傑は死ぬ。
親友に殺されて、たった二十七歳で死ぬ。お菓子は割としょっぱいのが好きで、桃鉄では汚い手を平然と使ってきて、言うことは結構辛口で、礼儀正しくて、親しくなると扱いがぞんざいになって、箸の使い方は死ぬほど親に厳しく躾けられてて、唐揚げにレモン勝手にかけるとめちゃくちゃキレてくる。
こんな俺を慕ってくれている、十六歳の夏油くんは。

「……ッ」

踵からつまずくように、さらに一歩後ずさる。そんな俺を引き止めようとしてか、後ろに引っ込めようとしたコンビニ袋を持った手を夏油くんが握った。
お互いの顔が近づく。手が汗でぬるついてめちゃくちゃ気持ち悪い。
夏油くんが小さく俺の名前を呼んだ。

「私は、アナタのことが──」

その先は言わないで。


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2022年8月20日開催の「君の夢より」にて発行の夢同人誌に掲載のお話。
参加イベント詳細はmemoにて。



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