短編
!同級生主
!捏造過多



いつもの時間。いつもの後頭部。君の後ろから見るいつもの景色。
大した事件もイベントも起きない淡々とした魔法史の授業。指定席となった、目的の人物の後ろの席でイデア・シュラウドは悶々とタブレットをいじっていた。
ハイハイハイハイ今日もただストーカーよろしく背後を取るだけで終わるんですよね分かってました根暗クソ陰キャ乙。まあ僕に話しかけられる不幸な人間が生まれないだけマシですよね踏みとどまった英断に拍手。

苛立たしげにタップを繰り返しているタブレットの中には対面会話用のシミュレーションアプリが入っている。これを作り上げたのはもちろんイデアで、後頭部しか見えない前の席の君、ナマエ・ミョウジのために作ったものである。

チラリと覗き込んだナマエの手元にはスマホがあって、見慣れたゲームの戦闘画面がチラチラと動いている。それに喜びと安心と焦りが混じったような感情を抱いて、イデアはグッと手のひらを握った。
ああ、話しかけたい。おしゃべりしてみたい。

自分にしては珍しい欲求だ。でもこんな自分にいきなり話しかけられても困るだけに違いない、いや絶対そうだ。だってこちとらギークやナードだらけで有名なイグニハイド生で、相手はよりにもよって天敵みたいなサバナクローの寮生だし、たった一回喋っただけの人間に話しかけられて「は?お前誰キモ」なんで言われるのがオチです分かります世界は残酷なんだから。何でこんなプログラム作っちゃうんですかね僕は。本当無理。馬鹿じゃないの?そもそもこの前みたいなこと奇跡でも起きなきゃあり得ないのに……奇跡でも起きなきゃ……。

ぼんやりと目の前の頭を見つめて、ついこの間のことを思い出す。きっかけはウッカリ手持ちのスマホを落としたことだった。
講義室の座席は全て階段状になっている。ポロリと手元からすべり落ちたスマホは不幸にも前の座席のサバナクロー生の前に着地した。サバナクローといえばDQNの巣窟としてあまりにも有名。そして拙者のスマホには美少女プリンセス育成ソシャゲの周回画面。
アッ終わりですね。もうダメだ僕は今後この科目でずっと美少女好きキモオタくんとしてヒソヒソ、あるいは大々的に吹聴され馬鹿にされながら生きていかなきゃならないんだ。

一瞬のうちにはじき出した未来に絶望していると、ナマエは落ちたスマホを手に取り、まじまじと画面を見つめてから(止めろください)無言でこちらに差し出してきた。
あまりにも普通。まるでペンでも落としたかのような反応。え?ここはナイトレイブンカレッジですぞ?
ひとつポカをやると瞬時に袋叩きのごとく馬鹿にされ見下される由緒正しき(笑)名門校にいるとは思えない反応。予想外のリアクションに一瞬呆けていると、目の前のリア充は不思議そうに首を傾けてからスマホを拙者の手に押し付けると不意に口を開いた。

「メグたんのハート上げるなら通常レッスンよりクエ周回した方がいいぞ」

聞き慣れた単語の羅列に虚を衝かれている間に彼は立ち去り、コマンド選択画面で停止したスマホだけが僕の手元に戻ってきた。
ぽかんとしながら、今しがたかけられた言葉を反すうする。
メグたん?メグたんって、このメグたん?
スマホの画面に視線を落としてピンクのフリフリを着てゆらゆら揺れる美少女キャラクターを見つめる。

メグたんはソーシャルゲーム、デスティニープリンセス……略してデスプリ!に出てくる美少女キャラクターのひとりだ。このゲームのキャラクターとしての人気はそこまで高くない……っていうか出番が少ないのが問題なんだよね。メインのイベント張ったこともないし、この水着イベントの新規カードにしたって低レアだし、パレオとか巻いてるから他のキャラに比べて露出度少なめでファンの間で話題性薄かったのが……でも他キャラと違ってオトナお姉さんな属性だからむしろそこがいいんですが!それにしたってメグ担は少なくて、でもさっきの呟き?ワンポイントアドバイス?はなかなか玄人では?これ今セットしてる補助アクセサリーを見て言ったんだよねハートポイント貯まるようにセットしてるし、恒常周回よりシナリオクエストの方が効率良いのは盲点だった……っていうかアレはやっぱりメグ担なのでは?だってメグたんって。たん呼びって!

それ以降イデア・シュラウドは前の座席の君であるナマエのことが気になって気になって仕方なく、でも話しかける勇気が出ずに「あーあ。せめてギャルゲみたく選択肢が出れば絶対楽勝攻略余裕ですわって感じなのになあ」と考えた結果、人の表情をカメラで写してAIが最適な会話選択肢を提供するプログラムを作成するに至ったのである。ハイかくかくしかじか回想終わり。


環境用BGMのようなトレイン教諭の声を聞きながらそんなことを思い出していると、授業の終了を告げる鐘が鳴った。ああ、また今日も話しかけられずにモダモダする無駄な時間を過ごしてしまった、とイデアはホッとしたようなガッカリしたような複雑な気持ちで息を吐く。
本当はこんなつもりなんかじゃ全然なかったと胸をかきむしりたくなった。

最初はただ、同じキャラクターを推してるんじゃないかと気になっただけだった。それで今まで全く気にしていなかった前の席を覗くようになり。自分と同じように授業中コソコソタップしているスマホに、同じキャラクターが踊っているのを見てやっぱり彼もメグたん好きだと確信して。自分と似たようなメンバー編成してるのを見て「うむうむ分かってるじゃあないですか」と満足げな気持ちになったり。どんな強敵相手でも有利ステータスじゃないメグたんを入れているのを見て共感したり。
そのうちスマホを行き交う節くれだった指が妙に気になりだして。目前でふわふわ揺れる髪に触れたくなったり。隣に座って、顔を見合わせて一緒にゲームの話ができたらなんて。連れ立って授業に出て、チャイムが鳴った後もおしゃべりしながら一緒に移動できたらなんて思うようになって。彼と仲良くなるためだけにこんなプログラムまで作っちゃったりして。こんな、ここまでやっちゃってるのに、でも最後の勇気がどうしても出なくて。
今日もまた昨日と同じ、周回クエストみたいに代わり映えなく終わった魔法史の授業。出なかった勇気を肯定するためにクソみたいな自虐で自分を納得させて、これで良かったのだと結論を出して深いため息をついた。

「……い。おい。イデア・シュラウド」
「ッひぁっ?!」

突然名前を呼ばれて驚きつつ顔を上げると嫌という程見つめ続けた頭がこちらを向いていた。え……なんて?なんで?今僕に話しかけた?

「部屋閉めるから、出てってくれないか?……代わりに閉めてくれるってなら話は別だけど……」
「あっ、え……ななな、何でナマエ氏が?えっ……え?」
「トレインの話聞いてなかったのか?授業中に話聞かずにスマホ触ってんのバレたからペナルティだとよ。ここの片付けと施錠」

不満げにそうこぼしたナマエの顔を見てイデアは慌てつつもパッと希望に花を咲かせる。
これはチャンスだ。ナマエとデスプリの話をして知り合う千載一遇の好機!
バレないように、恐る恐るタブレットのカメラをナマエの顔の方に向ける。すると起動しっぱなしのシステムは正常に稼働して、イデアが発するべき選択肢を叩き出した。はやる気持ちのままに画面を見つめる。最新の人工知能が導き出した結論は《今すぐ出て行くよ》《デスプリしてて気付かなかった》《手伝おうか?》の3つだった。

よかった、正常に動いている!ナマエ氏のパーソナルデータを入れた甲斐あって回答の精度もなかなかのものですなあドゥフフ。といってもマジカメアカウントのデータをパーソナリティとして突っ込んだだけだけど!サバナクロー生はリア充よろしく寮生同士は繋がってるし写真とかもバンバン上げるし本名でやるし……検索は楽だけどネットリテラシー的には赤ちゃんかよって……ってそうじゃなくて!

画面を見つめたまま無言でニヤついたり失笑したりしているイデアを見てナマエは不審そうに目をすがめている。
ヤバイヤバイ!なんか言わなきゃ!最初のやつはどう考えてもフラグクラッシャーで、ゲームなら最後のやつを選んでるところだけどここにいるのはコミュ障陰キャでござるよいきなりそんなの無理!ということで一番親しみ深いコンテンツを含んだ2番目を選んで口を開く。

「ででで、デス、デスプリしてて、きじゅッ、気付かなくて!へ、えへへへ……へへ」

うわ噛んだ死にたい最悪今すぐ部屋に帰りたいもう無理こんなの無茶だったんだリアル怖い。
へへ……と媚びたような笑いを浮かべつつ、さっさと出て行かなかったことを後悔していると、ナマエはそんなイデアの様子を気にも止めていない様子で「デスプリ?」と呟いた。

「お前もデスプリやってるのか?」

焦るイデアは気まずくてナマエの顔を見ることができない。目を合わせられなくてタブレットを凝視していると、ナマエの表情を写したシステムが次の選択肢を提示した。

《もしかして、君もやってるの?》
《知ってる、前にアドバイスくれたよね》
《君もやってるならフレンドになろうよ!》

ヒッ!露骨なハズレがない!攻略サイト!攻略サイト見せてお願い!それがダメならセーブさせて選択肢分岐の前で!ほんっとセーブも出来ないとか人生ってマジクソゲ〜むしろバグでしょこんなん。
画面を見ながらアワアワしていると、ナマエが再び怪訝な顔をする。そして不意に何かに気付いたように「あ」と呟いた。

「そのタブレット……前にメグたん編成してた奴」
「アッ……そ、そう!ぼぼ僕!メグたん推しで……ッ!」

もごもごと返すとナマエは目をまん丸にした。間に耐えきれなくて、逃げ出したい気分になる。ああ、どう思われて何を考えているか想像もつかない!こ、これだからリアルは!

「……最近、新規カード出たよな。水着の。入手したか?」
「も、もちろん!ってか低レアだから10連するだけで出るし……。性能的に高レア欲しくて回しまくったからもう重ね倒して完凸してる」
「まあ、出やすいから簡単に凸れるよな。今回の高レアってやっぱ性能いいのか。ネットでも大人気だよな」
「アア〜〜まあスキルがいいのもあるけど、界隈の人気は単純なキャラ萌えでは?僕の手持ちにはバフばら撒きキャラが少なかったから回したけど、可愛さなら絶対メグたんだと思うし。スキルっていうなら前回イベの高レアの方がノーマルメグたんとの相性は良かったですな」
「ああ、そう思って前回高レアはバッチリゲットしてる。全キャラメグたんで編成したいんだけど、スキルはいいとして単純な火力がないんだよな。まあそこも彼女のキャラと合ってていいんだけど」
「ヒヒヒッ!メグたんは他のキャラと違ってガチ一般人ですからな。王女だったり、魔法が使えたり、特殊な才能があったりしない小細工なしのただの美女。それゆえ火力は低めですが、あえていうならばそこがいいっていうか」
「そうそう、毛色が違うんだよな。あまつさえ最初は主人公の敵ですらあったし」
「敵女幹部ってヤツ!美味しいです最高。妖艶な美女のはずなのに中身は少女なアンバランス。メグたんは一途で、健気で、可愛くて……」
「ほんと、最高だよな」

自然な笑顔を浮かべてナマエがイデアを見つめる。気がつけば丹精込めて作った対面会話システムも介さずに普通にオタトークをしてしまっていた。

「イデアって面白い奴だったんだな。……せっかくだからフレンドになろうぜ。俺サポートメグたんにしてるから戦力にはならねーけど」

ナマエがニッコリとイデアに笑いかける。もう呼び捨て!とかいつもだったらリア充特有の急速な距離の詰め方を敬遠するはずだが、今この瞬間だけはありがたかった。
嬉しくてたまらず、慌ててタブレットに入ったゲームを起動させようと画面に視線を落とす。同時に手に持った端末からピロロロン♪という効果音が走って、驚きにタブレットを取り落とした。

い、今のはデスプリの効果音?!ででででも今起動してるのは僕の作った会話用ギャルゲーシステムのはず……ア。
そういえば製作中、深夜の謎テンションで「フヒヒ!表情パターンから好感度が上がったのを検知したらデスプリの親密度アップSEと同じ音が鳴るようにしちゃいますか!ついでにハートエフェクトもつけて……もうUI全体デスプリに寄せちゃうのもアリですな!こんな僕しか使わない超個人システムにここまで手間かけちゃうとかマジウケる。でも神は細部に宿ると言いますし?フヒッ」とか言って妙に凝っちゃったんだった……って好感度アップ??え?え?今……ナマエ氏は僕に向けて好感度上がったの?そんなまさか!でもAIが判断することには一定の根拠があって、僕は完璧にプログラムを組んだはずで……え〜〜。
顔に熱が集中する。沸騰する思考につかの間気を取られていると、ナマエが自然な動作でヒョイと落としたタブレットを拾った。

「もしかしてコレでデスプリやってたのか?ついでにフレコ見せてくれよ」

笑顔を浮かべながらナマエが画面の中を覗く。その様子を見て僕の顔面から一気に血の気が引いた。感情に呼応して炎の髪が逆巻く。待って!やばい!!今その画面には見られたら黒歴史必至なシステムが!!

「ちょ、ま!!」

持ち上げられたタブレットのカメラはこちらを向いている。取り戻そうと手を伸ばした瞬間、端末から聞きなれた機械音が鳴り響いた。

ピロロロン♪ピロロロン♪ピロロロン♪ピロロロン♪ピロロロン♪

「おっ?!なんだ?」

画面を覗こうとしたナマエが突然けたたましく鳴り出した音に一瞬怯む。その隙をついて手の中のタブレットをパッと取り返した。同時に音も鳴り止む。
「なんだったんだ?」と目を白黒させるナマエを尻目に、僕はぎゅっとタブレットを抱きしめその場にしゃがみこんだ。アレ僕だよね?カメラが僕を写してる時に鳴ってたよね?つまり……つまり……。

「イデア?」

ナマエの不思議そうな声が頭上から降ってくる。あああ、もう消えたい。逃げ出したい。部屋に帰りたい。あのシステムのことはナマエが知るはずもないが、自分の感情の全てがリアルに晒されてしまったような気がして、耐えられない。
自ら気付く前に自分の手で生み出したプログラムにこの感情の在りようを突きつけられてしまった。
窮地に立たされた心地でうずくまるイデアは「たすけてオルト!」と心の中で親愛なる弟に助けを乞うが、声に出さなければ届くはずもない。突然応答がなくなったイデアを見下ろしてナマエは疑問符を浮かべている。ふたりが教室の鍵を閉められるようになるには、まだいくばくかの時間がかかりそうである。

- ナノ -