短編
朝起きたらゾンビが蔓延していた。
ハハッ、うける。なにこれ?俺なんかしたかな神様?

その日、俺の朝は強烈なドアガチャから始まった。
分かる?朝起きたら自室のドアノブが反対側から超開けられようとしてんの。異常な勢いで。もうヤバすぎ。でも、もしかしたら同居人の彼がおいたしてるのかな?と思って近くに置いてあった電気スタンド構えながらおそるおそる開けたらね、もう大惨事ですよ。

ゾンビ。明らかにゾンビ。…な、知らないオッサン。阿鼻叫喚だよねえ。もう悲鳴あげながら電気スタンドで殴打を繰り返した。あっちは明らかに俺のこと食おうとしてくるし、必死ですよ。
気が付いた時には俺は血まみれで、足元には頭が割れてぐちょぐちょにやったオッサンゾンビが倒れてる。シュールすぎて笑える。ウソ。泣きそう。このカーペット高かったのに。

電気スタンドから物置に保管していたショットガンに武器を持ち替えてそろそろとリビングに向かうと、しっちゃかめっちゃかになった室内と大きく開け放たれた扉が目に入った。あー昨日は盛大に飲んで…どっぷり酔っ払って帰ってきて…鍵…あー、成る程そういうことね…成る程ね。
ひとり納得しながら同居人の部屋を覗きにいく。相変わらず散らかった部屋の中には案の定彼の姿はなく、どうやらどこかに行ってしまった後のようだった。まあ、オッサンがあそこにいたってことはそうだよね。逃げたってことだよね、うん。
ガックリと肩を落としながらも、気を取り直して彼の部屋を後にする。兎に角は、彼を見つけ出さなくてはいけない。彼は俺の大切な存在なのだから。


家から必要な道具を持ち出して玄関の前に立つ。半開きになっている扉をそっと開け放てば、映画で見るような光景が広がっていた。
事故を起こして煙を上げる車。燃える家。悲鳴をあげながら逃げ惑う人々、呻き声を上げながらそれを追いかけるゾンビたち。まさにお祭り騒ぎである。黒煙が遥か彼方から上がっているところを見ると被害はS市全体に広がっているようだ。ふらふらと市内を徘徊するゾンビたちを避けながら彼を探すために歩き出す。
途中ヒーローらしき人物のゾンビを見かけて、笑ってしまった。俺の住むS市にあるヒーロー協会支部にはS級ヒーローが存在していない。C級やB級のヒーローたちでは歯が立たないだろうし、そもそも大規模なアウトブレイクだ。数で攻めてくるゾンビたちには一部のA級やS級ヒーローたちの圧倒的な力しか及ばないだろう。各個撃破など大規模感染の前に意味はない。

冷静に現状を分析しながら、彼を探して時には隠れ、時に戦いながら市内を練り歩く。しかし、周りは知らないゾンビや逃げ惑う市民ばかりで彼の姿は見当たらない。そもそも彼の行そうなところなんて検討もつかないし…もしかしたら殺されちゃってるかも。最悪…冗談じゃない。
ひとりで最悪の事態を想定しながら静かに絶望していると、派手なエンジン音が近づいて来て、ふと顔を上げた。音源はヒーロー協会のエンブレムを掲げた装甲車だ。厳ついそれは周りのゾンビをなぎ倒しながら俺の前に停車すると、中から協会の人間と思しき人が降りてこちらに近づいて来た。俺は警戒してとっさに銃を構える。

「落ち着いてくださいナマエ博士。我々はヒーロー協会の者です。博士の救助に来ました」

救助、という言葉を聞いて俺はゆっくりと銃を下ろす。

「ヒーロー協会が救助?市民を差し置いて俺を?」

「はい。一般市民には順次避難シェルターへの誘導を行っています。我々は事態の打開と原因解明のために市内在住の科学者を緊急招集しているのです」

俺は確かにバイオ系の研究員として働いていた…が、こんな風に招集されるとは思っていなかったので正直面食らった。

「ダメだ。一緒に行くことは出来ない!俺には見つけなくちゃならない人がいるんだ。他の博士を探してくれ」

「バイオ系研究者は優先的に保護せよとの命令です。探し人なら我々が代わりに探しますから!今は兎に角車に…」

「あ」

言い争っているとフッとヒーロー協会の人の背後に影がさした。「え?」と呟いて振り返ろうとした男の顔にゾンビが歯を剥き出しにして食らいつく。凄まじい絶叫が辺りに響いた。突然襲われて慄いた協会員が持っていた銃を乱射する。そして、騒ぎを聞きつけて慌てて装甲車から降りてきた二人目の協会員の足を撃ち抜いた。運が悪すぎる。
太ももを撃ち抜かれて隊員がその場に転ける。すると待ってましたと言わんばかりに辺りのゾンビたちが一斉に襲いかかった。断末魔の悲鳴が上がる。思わずその様子を惚けて見つめていると俺の目の前で肉を貪っていたゾンビが顔をあげた。探していた、彼である。

「お前こんなとこにいたのか!」

咄嗟に手を伸ばした俺に、彼が僅かに後ずさる。
淀んで光を無くした目、血の気の失せた肌には無数の血管が浮き上がり、至る所が腐りかけている。血で汚れてはいるものの、それは確かに彼だった。彼に一歩歩み寄る。すると後ろから「おい!」という声がして、足を止めた途端飛んできた斧が彼の頭部へ突き刺さった。

「ァア"ーー?!」

あっけなく倒れて痙攣を繰り返す彼を見つめてわなわなと両手を彷徨わせる。こっこれ…もうダメなやつだ。ウソだろ。ウソだって言ってくれ。そんな…。
徐々に力をなくしていく死体を見下ろしてうな垂れていると、斧を投げた人物が俺に近づいてくる。

「危ないだろうが!お前、怪我はないか?」

無遠慮にこちらへ話しかけてきた男の声に億劫ながらもゆるゆると振り返る。今話しかけないでくれないか…。大切なもんを失って本当に最悪な状況なん…。

「…ゾンビ、マン?」

振り返った先にいた男の顔を見て、俺は目を丸くする。男は俺の言葉に大した反応を見せずに煙草の煙を吐き出すと気怠げに頷いた。

「ああ、そうだ。ヒーロー協会から今回のアウトブレイクの後始末に招集された。俺が呼ばれたのは…まあ、質の悪いジョークみたいなもんだな」

分かったらさっさと避難しろ、と忠告するゾンビマンに、俺は目を見開いて喜色満面になった。

「マジで?マジでゾンビマンなのか?!夢じゃない?ああ!俺あんたのすっげえファンなんだ!信じらんねえ!最高だ!」

まるで夢でも見ているんじゃないかと思うような状況に興奮して顔が熱くなる。ゾンビマンは俺のような手合いは慣れているようで、死体から斧を引き抜くとくるりと俺に背中を向けた。

「じゃあ早く避難しろ。北の方で協会の奴らがシェルターへの誘導してるはず、」

俺はその無防備な背中に持っていたショットガンを向けると、心臓めがけて躊躇なく引き金を引いた。
空気を切り裂くような銃声が響いて、ゾンビマンの身体が前方に吹き飛ぶ。全く予期しない攻撃に、完全に泡を食っている様子のゾンビマンを尻目に、俺はウキウキと立ち上がることの出来ない彼に駆け寄った。

「ほんっとうに俺はなんてラッキーなんだ!試作品が逃げ出した時は一体どうしたもんかと思ったけど…まさか本物を手に入れることが出来るなんて!」

額を押さえてから大きくガッツポーズをして飛び跳ねているとゾンビマンが首だけ動かして「お前…なん、のつもり…」と弱々しく問いかけてきた。徐々に修復されていく彼の四肢と頭部にもう一発ずつ撃ち込んでから上機嫌で質問に答える。

「あんたのファンだって言ったろ?!グッズもデータも集められるもんはみんな持ってる!そうしたら…フフッ!本人が欲しくなっちまった!だから一から作ってたんだ!ゾンビウイルスを作ってあんたに似た男を捕まえて植え込んで!何度やっても頭部が弱点になっちまうし、理性のないモンスターばっかり生まれるからそろそろ研究に限界を感じてたんだけど…でも本物が手に入ったからもういいんだ!ああ!もう最高!!」

そう言って俺は上半身だけになったゾンビマンを担ぎ上げる。その足元で生き絶えている同居人…もとい実験台はもう用済みだ。恐らく彼が開いた玄関から抜け出してこのアウトブレイクを引き起こしたのだろう。彼は最後に最高の仕事をしてくれた。だって俺の元に、ゾンビマンを呼び寄せてくれたんだから!

「く〜!四肢切り落として培養しようか?ケースん中に閉じ込めて飾ろうか?!食わせなくても餓死はしないんだよな?でもミイラ化はすんのか?それでも死なないんだよな??ああ!あんたは生体科学の神秘だ!ゾンビマン!」

再生を始めたゾンビマンの頬っぺたに力一杯頬ずりする。あ〜楽しみで仕方ない!最高だ!


♪Presented to 「朝起きたらゾンビが蔓延していた」
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