短編
!スレンダーマン:出現ベース
!Proxy主






彼の内側は溶けそうなほどの業火と孤独と渇望、そして底のない絶望で出来ている。
俺と彼が出会ったのは一体いつのことだっただろう。今ではもう、よく覚えていない。随分と昔のことのようでもあるし、ほんのつい最近の出来事のような気もする。まあ忘れてしまう程度のことなのだから、重要なことではないだろう。今の自分にとって大切なのはたったひとつのことだ。”スレンディの望みを叶えること”それが俺の脳裡に刻みつけられた唯一絶対。


スレンディとは俺の友達で非常に背の高い男だ。友達…というか知り合い自体が少ない彼は少しでも多くの人に自分のことを知ってもらおうとする。少々強引なやり方をしてでもね。俺はその手伝いに、彼自身では出来ないことを代行して行っている。最近では、そうだな…オークサイドパーク…俺の職場にやってきた車を故障させたりしてやったかな。

ああ、そうだ。オークサイドパーク。思い出した。俺はそこで管理職員として働いていたんだ。昼間はパーク内のカヌー貸し出し口の受付をして、夜は園内の警備や整備をして暮らしてきた。オークサイドパークは都市近郊のレクリエーションアドベンチャーパークと銘打ってはいるが実際はだだっ広い、鬱蒼とした森が広がっているだけの土地だ。昼間だって薄暗いようなこの場所に、俺は一体何年居るのだろう。なんだか夜ばかりに居るような気がしてきた。日の目を拝んだのは一体いつだ?奇妙な感覚に俺は首を傾げる。

「なぁ、スレンディ。俺たちは一体いつからここにいたかな?」

不意に背後を振り返って問い掛けると激しい耳鳴りと共にやって来た友達はこちらに肩をすくめてみせた。スレンディのやつ、惚けてやがるな。なら自分で考えるさ、と俺はさらに記憶の糸を手繰り寄せる。スレンディが遠慮がちに肩に触れてきたが大した反応も返さず思考を巡らせた。

一番古い記憶は森の中の家…そうだ。確か新しい家族がパークの近くに越してきたんだった。二人の女の子が仲良く遊んでいたのを思い出す。よくブランコをしていた…。そして…男の子。そうだ。失踪事件があったんだ。パークの夜間管理職員として俺も捜索に当たった。名前は…そう、確かチャーリー・マトソンだ。あの子は見つかったのだろうか?父親がずいぶん心配していて…。そういえば、とても奇妙なことをいっていた。背の高い男がいつも見張っているだとか。逃げられないだとか。ハハ。なあ、まるでお前のことみたいじゃないか、スレンディ?

そう彼を見上げようとした瞬間激しい耳鳴りとフラッシュバックが俺を襲った。蘇るのは暗い森、噂話、消えた少年、焦燥、細長い、絡みつく、遠くからの視線、恐怖、黒い、無貌の男。提案。

「スレンディ…」

涙を流しながら煤けた顔で彼を見上げれば、スレンディは嬉しそうに触手を蠢かせた。スレンディ。俺の、異形のともだち。俺をこんな風にした張本人。

(いいねぇ、君。ぼくから提案があるんだけど…ナマエ)

ああ、そうだ。思い出した。
あの日、夜の森で行方不明の男の子を探していた俺は、そこで森には不釣り合いな装いの男に遭遇した。手足の異様に長い、顔のないその男は俺を捕まえると恐怖に錯乱する俺に、ある提案を持ちかけてきたのだ。ああ何故。どうして忘れてしまっていたんだろう。彼のあの提案を呑んだから、俺はここにこうして囚われているというのに!

かわいそうな化け物のスレンディは誰かに認識してもらわない限り誰にも気付いてもらえず、彼を間近で見てしまった者はみな死んでしまう。犠牲者を増やしながら、それでも彼は自身の生のために人々に呪いを振りまくのだ。永遠に満たされることのない孤独を抱えて。
彼の唯一の弱点といったら、認識していない相手には手を出せないということだ。そして、それを補う為に俺という存在がいる。俺は自分自身の恐怖からの解放と引き換えに彼の代行者となったのだ!忌まわしい化物の片棒。使役されるもの。おぞましい干渉者!

(ナマエ)

酷い耳鳴りと共にスレンディの俺を呼ぶ声がする。うずくまり、滂沱していた俺はのろのろと立ち上がった。動き出した彼に従って暗い森をかの家へ進む。憔悴した俺の様子に、彼は歩みを止めないままそっと触手を伸ばして俺の頭を撫でた。

なんだよ。ああ、分かってるって!
ローレンが来たんだね。新しい絆が。さみしがりな君は彼女と遊びたいのだろう。ああ、もちろん君を手伝うさ。だって俺たちは友達だろう?

そう、俺の友達。スレンディ。所詮使役物な俺は君の命令には絶対に逆らえないのだ。
だからそんな風に俺のご機嫌を取らなくても、一向に構わないのさ。



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