短編
俺はハートの海賊団戦闘員のナマエという。ふわふわのケーバ帽がチャームポイントのイケイケな海の男だ。そして、そんな俺は最近困った問題を抱えている。

「おっおお!ナマエ、釣りか?」

今、俺が浮上中の船から釣り糸を垂らしている最中にどもりながら話しかけてきたこいつ、シャチについてである。

「邪魔すんなよ?」

「邪魔なんかしねぇよ!……隣座っていいか?」

お前普段他の奴にはそんなこと聞かずにどかどか座ってるじゃねーか、という率直な意見は胸にしまって「どうぞ?」と隣を勧める。するとシャチは嬉しそうに表情を綻ばせて、いそいそと腰を下ろした。なんとも分かりやすい態度に俺は頭を抱えそうになる。そう、俺が抱えている問題というのは、どうやらシャチが俺を好きらしいということなのだ。最近どうにも様子がおかしいと思っていたら、先日酒をたっぷりお召しになったペンギンが怒鳴り込んできたことで事態が発覚した。どうやらペンギンはシャチの恋の相談相手に抜擢されていたらしい。
その心労が祟って「シャチがお前を好きらしいからさっさとくっつくなり振るなりしてなんとかしろ!」と随分乱暴なキューピットを果たした後で「あいつ鬱陶しい」とさめざめ泣きつかれた。お酒はほどほどにしなくてはならない。


というわけで現在シャチの気持ちは俺に筒抜けな状態なのである。言われてみれば確かに心当たりはたくさんあったが、自惚れでも何でもなく真実だったらしい。驚き桃の木山椒の木とはこのことだ。
隣のシャチはそんなことも知らずにもじもじとしながら竿の先を見つめている。何なのこいつ。

「な、何か釣れるか?」

「まぁ釣れなきゃ困るがなァ…。今んとこ坊主だ」

「そうか!…あーと、なんか俺にできることあるか?!」

「特にない。今は魚が逃げるから静かにしててくれ」

「分かった!」

快活な返事を返したシャチは馬鹿丁寧に口を閉じる。静かになった船縁で俺は黙々と釣りを再開した。二人の間に沈黙が流れる。魚がかかる気配は一向になかった。そして暫くもすると、静かにすることに飽きたシャチがソワソワしだした。生来お喋りなシャチである。彼にしては持った方だな、など呑気に考えながら水平線を見つめていると「あのさ」と小声でシャチが話しかけてきた。どうやら魚への配慮は忘れていないらしい。

「俺がさ、ナマエのこと好きだって言ったら〜〜アハハ、どうする?」

なんだそれは…まさか冗談っぽくいっているつもり…なのか?タイミングもおかしいだろう。
思わずシャチの顔を見つめる。シャチは少しの間は耐えていたがすぐにサッと視線を逸らした。分かりやすすぎる態度に頭を抱えたい気分になる。俺は努めていつも通りを装うと「どうすると思う?」と逆に質問を返した。

「は…?な、なんだそりゃ!ずるいぞ!」

「ずるくねぇよ。早く答えろ?」

俺が先を促すとシャチは口をパクパクさせた後で「そういえば俺ペンギンに呼ばれてんだった!」と言って素早く船縁から降りると「またなナマエ!」と走って逃げて行った。決定打を回避した俺は深い安堵の息をつく。

「はァ〜〜」

困った。本当に、大変困った。そろそろ俺も回避するのが難しくなってきた。はいともいいえとも言わずに現状を維持するのは非常に難しい。


何故簡潔に振って終わらせないのかというと理由は簡単で、実は俺もシャチのことが好きだからだ。しかも俺の方が随分長く、深くあいつに恋している。それならさっさとくっついちまえばいいじゃねぇか!とどこぞのペンギンは言うだろう。だが俺にはそうはいかない問題があるのだ。

ネクロフィリア、というものがこの世には存在している。屍体性愛と呼ばれるそれはその名の通り死体に性的興奮を覚えるという性癖で、俺はまさにそのネクロフィリアだった。生きた人間に恋したのすら初めてなのだ。しかもそいつも俺のことが好きで、チョロチョロと拙いアピールを昼夜問わずされてみろ。まさに生殺しだ。
唯一俺の性癖を知っているキャプテンからは「船内で殺しはご法度だ」とでっかい釘を刺されている。俺の方がシャチよりも何倍も長く、深くあいつのことが好きなのに。そんなことには気付きもせず、平穏を守ろうと必死に現状維持に努める俺をあざ笑うかのようにさっきのようなアピールを繰り返してくる。シャチ、お前に。

「…思い知らせてやりたいよ、俺の愛を」

その頃、お前は死んでいるだろうが。

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