短編
!幼馴染
!異界化後






あなたのことが好きだけど、それが恋愛なのか友愛なのか分からないの。

そう言って涙を流した安っぽい恋愛ドラマの女優を、俺は鼻で笑ったことがある。
恋愛感情に決まってるじゃないかそんなの。
でなきゃこのドラマが成立しないだろ。

そう言った俺を姉貴はそういう問題じゃない、といって笑った。
でも俺は、とどのつまりはそういう話なんだと思う。
だって普通好きかどうかなんてちょっと考えれば分かるだろ。
自分自身の感情なんだし。

そう姉貴に言えばガキ、と言われて呆れた表情をされたけど、俺はその考えを変えなかった。
あの時までは。


見慣れぬ森の中で俺は必死に幼馴染の姿を探していた。
俺をこの訳の分からんオカルト世界に付き合わせた張本人、須田恭也である。
恭也と俺は夏休みを利用してこの羽生蛇村に肝試しに来ていた。
何でも恭也曰く、いわく付きの場所らしいが詳しいことは知らない。
今までも恭也に付き合ってオカルトスポットを巡ったことはあるが俺は大した興味もなくただ雰囲気を楽しむためだけに付き合っていた。
しかし、この低落である。
俺は今とんでもないことに巻き込まれている。

はじまりは、そう。あの子。
森で、神代美耶子という女の子を見かけてからだった。
変な儀式を見かけ、狂った警官に殺されか け、化け物に、追い回されるようになったのは。
あの子に何か聞けばわかるのではないだろうか。
彼女は今、恭也と一緒にいる。
なのでやはり目下、俺の目標は恭也を見つけ出すことなのである。


赤い雨の降り注ぐ山路を当てもなくとぼとぼと歩く。
日は容赦なく西へ西へと沈んでいくので次第に薄闇へ包まれていく空を見上げ、ぶるりと身震いをした。

日が、落ちてしまう。
暗い木陰に落ちる得体のしれない闇はどうにも恐ろしく、俺は頭を振ってなんとか自らを奮い立てようとする。
本当はどうしたって怖い。
いつ何が飛び出してくるか分からない暗闇を避けてひたすら森を縫うように歩いた。
他の、他のことでも考えよう。
そうでもしないと心が折れてしまいそうだった。

恭也と美耶子ちゃんは無事だろうか。
正直俺は恭也が美耶子ちゃんを連れ歩いて守ると言ったときは本当に驚いた。
いや、もちろんあの状況でそうすることは全くもって当然のことなんだが、恭也が積極的に彼女に接していったことが何よりも俺には驚きだった。
恭也は学校では活発というよりは大人しい部類に該当する。
親しくなったらかなりフランクになるが、それ以外には結構ストイックな方なのだ。
だから積極的に美耶子ちゃんを助ける恭也を見てなんて言うか…違和感、の様なものを感じた。
不満なわけないんだけど。
何だろう。
胸の中でそろぞろとした得体の知れない感情が鎌首をもたげる。

大体、恭也は美耶子ちゃんに馴れ馴れしくしすぎじゃないか?
名乗った次の瞬間には呼び捨てってマジかよ。
それにも随分、驚いた。
だって恭也は普段そんな感じの奴じゃなかったから。
棒持って戦ったりとか…そんなアクティブなこと考えられない。
確かに運動神経はいい方だったけどそんな、あの恭也が。
ここに来てから、俺は恭也の知らない部分ばかり見せられている。
何でだ。
知っている、昔から一緒にいる恭也なのに。
どうしてこんなに。
こんなにも、思い知らされなくちゃならない。

俺が恭也について知らないこと。
俺以外と、突然親しくなる俺の親友。

……なんで。


「…なんで」


呟いた声は想像していたより遥かに重く、暗く、淀んでいた。
自分が出したとは思えない様な声に俺は驚愕して息を飲む。
それはまるで呪詛のような声音だった。
途端に俺は分からなくなる。
頭の片隅を昔見たドラマの女優の台詞が通り過ぎていった。


『あなたのことが好きだけど、それが恋愛なのか友愛なのか分からないの』


やめろよ。
嫌だ。
俺の頭の中を掻き回さないでくれ。
額を嫌な汗が伝った。

おい。おい、何言ってるんだ。
恭也は友達だぞ。
それ以前に男同士じゃないか。
恋愛?そんな。
まさか、…あんまりだ。
違うさ。…違う。
……。


笑えない。

分からない。
恭也は、好きだ。
当たり前じゃないか。
でも今は少し…嫌だ。
俺は恭也に怒っていた。
逸れてしまったじゃないか。
俺よりも、彼女を見ていたじゃないか。
どうしてこんな、今更になってお前の知らない部分ばかり知らなくちゃいけないんだ。
知らない少女の手によって。
なんで。どうして。

こんな感情もどっちつかずだ。
親友に向ける嫉妬か?
それにしては深く、暗い。
頭の中で女優が甲高い笑い声を上げた。
あんなドラマ、見るんじゃなかった。
姉貴のガキ、という声がリフレインする。
馬鹿な。ガキなんかじゃない。
彼女だっていたことがあるんだ。
――それでも、彼女にだってこんな激しい感情、抱いたことなかったのでは?
そんな。だって。俺は。ああああ。


「ナマエ?ナマエじゃないのか!?」


恭也。
俺の、しんゆう。

くらくらと爆発しそうな頭を抱えて今にも蹲りそうだった俺の名を呼んだのは、確かに恭也の声だった。
弾かれたように振り返る俺の目に、茂みから少女を連れた恭也の姿が飛び込んでくる。
頭の片隅で女優が金切り声をあげる。
幻聴だ。
それに僅かに顔を顰めるが、恭也は俺の様子には気付かずへにゃりと安堵の笑みを浮かべた。


「よかったァ…。ずっと探してたんだよ!どこ行ってたんだって!」


恭也が笑っている。
いつものように。いつもの、恭也だ。
俺の幼馴染。親友。
でも。


またもやざわつき始めた支離滅裂な思考に蓋をするように恭也から視線を逸らした。
外した先には黒い少女がこちらを見つめて佇んでいる。
その表情はどこか悲しげで、見つめられた俺は居心地が悪くなる。


「悪かったって。それより、早く行こうぜ。もう日が落ちちまう」


さっと空に視線を移して気まずさを誤魔化すように足早に歩き出す。
妙にキラキラと輝き出した夜空は雨は降っているものの歩くことはさほど困難ではない。
さっさと歩き出した俺に待てって、と言って恭也がついて来る。

複雑な、出口のない迷路のような感情を抱えたまま俺は歩く。
頭の中で女優がクスクスと笑い声を漏らした。
視界の端にちらりの白い天使のようなものが宙を舞っているのが写る。

ちくしょう。
幻覚まで見え始めやがった。






どっちつかずの地獄道

(答えは出てもどの道、絶望)


♪Presents for MaryGray.
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