短編
!恋人主
!捏造あり





俺には恋人がいる。

恋人の名前はゾンビマン。どう聞いても安いB級ホラー映画のタイトルとしか思えないような名前だが、そんな彼はなんと皆の憧れであるヒーローを職業としているのだ。しかもそんじょそこらのC級B級なんかとは格が違う。怪人たちも裸足で逃げ出す天下のS級ヒーローである。なんというビッグな俺の恋人。
そしてそんな彼に比べて俺はといえば、そこそこな会社でそこそこな給料貰って生きてるフツメンだ。平凡という言葉を体現するためだけに生きているかのような完璧な凡人。そして男。ファンになんでお前なんだ、と刺されても文句の言いようもない不釣合いさである。実際俺もそう思う。

ヒーローっていったら普通はアレだ。ボンキュッボンの金髪美人とかと紆余曲折の果てに結ばれたりするのがベストなんじゃないだろうか。普通だったらそう思う。
でもゾンビマンって男はそう考えはしないのだ。流石S級は狂ってるとかいわれるだけはある。どんな美女よりもしみったれたサラリーマンの俺がいいと言う。照れくさそうに短く切りそろえられた頭を掻いて。ぶっきらぼうに、且つ少し悲しそうに。

ゾンビマンは一見顔色が死者並みに悪いだけのただの青年だ。ヒーローっていうには歪んだ性格しているし、根暗だし、身体能力も至って平均的だ。足だってぶっちゃけ俺の方が早い。
それでも彼がヒーローと呼ばれ、俺と一線を画すのは、彼が不死身だからである。毒物摂取、窒息、炎症、被爆、感電、失血。どれも過ぎれば人は死ぬ。しかしゾンビマンはその名の通り、何があっても死にはしないのだ。頭がもげても足がなくなっても彼は決して死ぬことはない。それは俺と彼を隔てる、何よりも大きな壁だった。

サラリーマンでもフツメンでも男でも、そんなものは愛ってやつで乗り越えられる。しかし、死は。死だけは愛では乗り越えられないのである。ゾンビマンは幸せそうに笑ったあとでいつも悲しそうな顔をする。ヒーローでもなく美女でもなく、不死身でもない俺を見て。全く、俺は彼に笑えるくらい相応しくないのである。だから彼はいつだって悲しそうに笑う。悲しい、俺の恋人。



そして俺は今、酷く浮かれた気持ちで彼の住むマンションへと向かっていた。一階のセキュリティーを抜けロビーを通りエレベーターへ乗り込む。目深に被ったパーカーのフードをもう一度入念に被り直して彼の部屋を目指す。今から行くと伝えてあるので彼は今頃自宅でくつろいでいるだろう。驚く彼の表情を思い浮かべるととても愉快だった。チン、という音と共に目的の階で停止したエレベーターから躍り出る。そして何度も訪問した部屋の前で神妙な気持ちでインターホンを押した。

「はい?」という彼の声が聞こえたので「開けてくれ」とだけ伝えてその場に跪く。期待と緊張で胸が弾んだ。彼は暫く文句を言うと渋々といった様子でこちらに近付いてきた。緩慢な足音が接近するにつれ俺の緊張も高まっていく。ガチャリという音がして目の前の扉が開いた。 面倒くさそうな表情をした恋人が俺を見つめる。


「おい、ナマエ。何で合鍵使わないん…」


彼が全て言い切る前に被っていたフードを取り払った。彼の死んだ魚のような目が驚きに見開かれる。
肌の質感を微細に再現した表皮に味覚や嗅覚も感知する無数に張り巡らされた神経パルス、銃弾だって防ぐことの出来る特殊装甲、最高画素で世界を写すスコープアイが驚く恋人の姿を映す。
病気にも窒息にも失血にも毒物にも火熱にも爆発にも負けない、最高性能のサイボーグボディ。


「給料三十年分の体だぜ」


だから、どうか。
今の俺なら。


「ゾンビマン、俺と結婚してくれますか?」


君に相応しい男になれただろうか。







給料三十年分

(もちろんローンですが!)


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