短編
!親友
!ネタバレ有り






俺にはナマエっていう幼稚園来の幼馴染がいる。
こいつはそりゃあもう平々凡々を絵に描いたような無個性な奴で俺がいないと何にもできないような頼りない男だ。
まあ、普段がアレな俺がいうのもなんだけどね。
って言っても俺の普段の振る舞いは所謂外面用ってやつだけどナマエのそれは正真正銘。
普通に学校卒業して可もなく不可もない名前も知らないような中小企業に就職して、社会に埋没してしまいそうな愚鈍な日常をふわふわっと生きている。
言ってみればそこらへんにいる馬鹿共と同じような有象無象の一人。

でもナマエは決して奴らのようなただの馬鹿とは違う。
何故ならこの俺の、唯一ともいえる理解者なのだから。
俺がこの訳のわかんねー田舎に飛ばされる原因となった出来事について語ったときもナマエだけは俺のことを分かってくれた。

幹部同士の足の引っ張り合い?
うわ、最悪。
どうせあっちが悪いんだろ?
透、優秀だから絶対妬みで目ぇ付けられたんだって。
可哀想。透は悪くないのに。
そいつ馬鹿じゃねぇの?

ああ、そうだ。
本当に、ナマエの言うとおり。
なんで俺があんな馬鹿共にこんな片田舎に飛ばされなきゃならないんだ。
どいつもこいつも間違ってやがる。
ナマエはそんな俺の気持ちを見事理解してくれた。
やっぱりナマエは他の奴らとは違う。

ほんと、世の中クソだな。
そう言った俺にナマエはああ、と言って眉を下げて笑った。


その時のことを思い出して俺は携帯を手に取る。
今回の一連の事件があのガキ共のせいで露見して、俺は逮捕されることになった。
そのことをナマエに話さなくてはならない。
あいつとはこちらに飛ばされてからも頻繁に連絡をとっていたから、突然連絡がつかなくなったら慌てるだろう。
テレビで事件が報道された日には警察に俺の無実を訴えに来るかもしれない。
ナマエは俺がいないと駄目だから。
それにきっと、あいつなら俺がこうなった理由を分かってくれるだろう。
現実離れした話もあるがナマエなら、きっと。

慣れた手つきでいつもの番号を選択してコールする。
単調な呼び出し音が鳴り数回目のコールでナマエに繋がった。
いつもの平和ボケしたような呑気な声が聞こえてくる。


「もしもし、透?こんな時間に珍しいじゃん。どうしたー?」


あまりにも変わらない間の抜けた声に思わず肩から力が抜ける。
やっぱりナマエだな、と妙に安心した所で本題の話を切り出した。


「やー、ちょっとミスって事件起こしちゃってね。多分そっちでも報道されると思うけど。ナマエには言っとこうと思って」

「え?何なに?また左遷?あり得なくないの?警察ってどんなけ理不尽なんだよ。透大丈夫なわけ?」

「んーまあ一応仕事関係ってわけじゃないから。知ってるかわかんないけど今起きてる八十稲羽の事件。俺、あれの犯人なんだよね。さっきそれがバレちゃってさ」


軽い調子で言えば八十稲羽?と呟いてナマエの声が止まった。
流石に知ってたか、と思う反面突然止んだ声に今までにない違和感を覚える。
暫くの沈黙の後、ナマエが漸く静かな声音で俺に問いかけた。


「八十稲羽の事件って確か連続殺人だよな?」

「そうだよ」

…その犯人がお前?

電話越しに呟かれた声は今までにない空気を纏っていた。
初めての出来事に動揺しているとハァー、と深いため息が向こうから聞こえてきた。
あまりに深いそれに目を瞬かせていると電話の向こうのナマエが重い口調で口を開いた。


「連続殺人って、マジかよ。はーぁ、あり得ねえ。なんでするわけ?そんなリスク高いこと。しかも見つかってるし。どうせなら完璧にやれよな。これからどうすんだよー」

「…は?」

「どうすんだって聞いてんのー。俺の生活。マジあり得ないだろ。この間車買っちゃったんだぜ?お前が金くれると思ったから!」

「…なっ?!」


今までに聞いたことのないような低い声でナマエが悪態をつく。
あまりの驚きに携帯を取り落としそうになった。
…ナマエ?


「今までのは貸して…ッ」

「くれた、んでしょ?返せないよ俺。貯金ないし。っていうか殺人罪って刑務所行きだろ。釈放とかいつになるわけ?もしかして終身?はァ?終わってねー?」


怠そうに呟いてナマエが黙り込む。

まずい。
ナマエが黙り込む時は相当不機嫌な時だ。
何かが使い物にならなくなったとき。
何かを見捨てるとき。


「…ふーん、分かった。じゃあね、透」

「待てッ!!ナマエッ!」


電話を切ろうとしたナマエを慌てて止める。
何、と抑揚無く呟いたナマエに懇願するように言った。


「…ッ口座!口座は差し押さえにならないし、今まで貯金した結構な金額が入ってる!暗証番号、教えてやる!」


深い沈黙が落ちる。
重く暗いそれが横たわった後で、耳元の通信機は甘く明瞭な声で唯一の理解者の声を届けた。


「…なぁんだ。よかったー。俺、透に見捨てられたのかと思っちゃったよ。大丈夫?面会とか行くからさ。欲しいものリストとか、作っといてね」


再びいつもの柔らかさを取り戻した声音に、俺は漸く安心して息を吐く。

大丈夫。大丈夫。
ナマエは俺を必要としている。
ナマエは俺を理解してくれている。


「…ああ、勿論…。分かった」


震える声で漸くそれだけ返す。
通話の先の幼馴染は明るい声で笑った。
俺は再び不安になる。

なあ、ナマエ?
呼び掛けた俺にナマエは、ん?と相槌をうった。


「俺のこと、好きだよな?」


そう問い掛けた俺に唯一の理解者は勿論。透が居ないと生きていけない、と嘯いた。


そうだ。そうだよな。
やっぱりこいつは俺が居ないと駄目なんだ。








碌でも無い

(さ、早く暗証番号を)


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