落ちて空に星がこの手で
何故こんな大ごとになったのか…。やいやいと四方から襲いくる質問の嵐に、オレは後悔とともに頭を抱えた。

事の発端はオレが口を滑らせたのが原因だ。その日、オレたちはダンデさんの部屋でふたりでソファーに横になりながらくつろいでいた。オレはスマホロトムをいじっていて、ダンデさんは何やらポケモンについての本を読んでいる。何気ないダンデさんの誘いがきっかけだった。

「そうだ、明後日仕事終わりに一緒に何か食いに行かないか?バトルタワーで合流してそのまま行こうぜ」
「あ〜ごめんな、明後日はバカ共に会うから無理。あいつらあの日から説明しろダンデさんに会わせろってウザくて……」
「バカ共って……前に会ったナマエの友人の、仲良さそうにしていた人たちか?」
「仲良さそうっていうか……まあ」

「そうだけど」とスマホをポチポチするオレの前でダンデさんが目を伏せて一瞬何か考え込むような顔をする。
そしてパッと顔を上げると、オレに向かって決意のこもった声で宣言した。

「オレもいく」
「はぁ……はあ?」

思わず流しそうになったのをロトムから顔を上げて聞き返すと、何を考えているかは分からないが意識が固そうな真っ直ぐな瞳と目があった。

「いや、なんで。行かなくていいよ、オレが面倒臭いし。アイツらの相手なんかしなくても」

想像しただけで厄介だ。この間の反応を見るに、アイツら絶対調子にのる気がする。ファンサービスもそこまでいくと過剰だろう。プライベート握手会になっちまう。
この話は終わり、と言わんばかりにロトムに視線を戻す。とつとつと画面を触っているとグイ、と服が引っ張られた。驚いて顔を上げる。

「…いやだ。オレもいく」

眉を下げてこちらを見つめる瞳には不機嫌そうな感じと、どこかすがるような色がのっている。びっくりしたし、意外だった。ダンデさんでもワガママ……とか言うのか。
そんなことを考えると同時に気分が良くなる。だが譲れないこともあるのだ。

「いや、ダメだって」
「いやだ」
「ダンデさん」
「オレもいく」

なんて強情。オレが言うことを聞くまで折れないつもりか?

同じ言葉ばかりを繰り返すダンデさんに、へえという思いと愉快な気持ちが湧いてくる。
むき出しの感情が心地よかった。それは敗戦のスタジアムで垣間見えた……あの時すぐに引っ込められた彼自身の人間性の発露だ。チャンピオンとして見せてはいけないと切り捨てられたものが、ここでは許されているのがいい。たまらない。
ここにいるのは完璧な英雄ではなく、ワガママも頑固さも発揮する星ならざるものなのだと感じることができる。もっと強く拒絶したり、怒ったりしたらどういう反応をするだろうか。……泣くだろうか?それとも怒る?それは見てみたいような、でもかわいそうなような。

「……」

どうしようかな、と口の中に彼を傷つけるための言葉を用意してその顔を見つめる。無言で視線を送っていると、ダンデさんはグ、と眉根を寄せてオレの胸に倒れこんできた。
う、結構重い。ダンデさん体鍛えてるからな……。

ドスンという衝撃を何も言わずに受け止めて、そのまま様子をうかがう。ダンデさんは胸に顔を埋めたままうなった。

「……絶対、オレもいくぞ」

駄々っ子のような態度に笑いがこみ上げる。楽しいものを見せてもらった。フフ、これは良い。
上機嫌のまま藍色の髪をグシャグシャと撫で回す。

「分かった分かった。一緒に行こう」

傷つけるための言葉は引っ込めて、努めて甘い声音で返せばダンデさんが顔だけ起こしてこちらを見上げた。きらめく蜜色の瞳がオレを写した。

「オレはナマエの彼氏なんだからな」

念を押すように言い募るダンデさんにハイハイと適当な返事を返す。
今日のところはいいだろう。なんだかこの人をひどく甘やかしたい気になってしまった。「絶対明後日は仕事が終わったらまずオレを迎えにくるんだぞ」と繰り返すダンデさんに「女王さまの仰せのままに」と全て許諾する返事を返した。


そんな過去のオレをバカヤロウとぶん殴ってやりたい。この人、もしかしてこれが目的だったのか?とめまいがした。
待ち合わせのパブに入ってすぐアホどもは矢継ぎ早に質問をしてきた。それはいい。
「どういう関係なんですか?!」という質問に仕事繋がりでの知り合いなんだ、と無難な答えを返そうとした時に、それは起こった。

「オレはナマエの恋人だぜ!」

そっからは最悪の展開だ。
なんで!どこで!どうして!いつから!が飛び交う地獄を経て今に至る。

ダンデさんはそのひとつひとつに丁寧に答えていった。インタビューかよ。
手元の酒を飲み干しワイワイと話すダンデさんと友人達を見守る。もはやオレそっちのけで盛り上がっていた。意外だったのはチャンピオンモードの入った対応をしているとはいえ、ダンデさんも輪に入ればなかなか一般人ムードに馴染むということだった。粗野なヤンキーが多いのに……ユウヤなんかちゃっかりリーグカードまでもらってやがる。
無敵の王者と友人たちが喋っているのを不思議な気持ちでぼんやりと眺めていると、ガクのやつが爆弾を落とした。

「いや〜それにしても意外っす!相手がダンデさんっていうのももちろんなんですけど、ナマエの元カノって全員女の子なんで!そっちもアリだったのかってのが!」

思わず口に含んでいた酒を噴き出した。あ〜〜そういえばアイツはそういう奴だった〜。
空気を読まないというか失言が多い。この類の発言は過去にもあったと……ああ。うん。あ〜。

チラリとダンデさんの様子をうかがう。フォローに入らないと、と口を開く前に黄金色の瞳がきらめいた。

「うん?そうなのか。でも今はオレがナマエの一番だからな」

とっさに言葉が出ずに瞬きを繰り返す。友人たちが「おお〜〜」と感嘆の声をあげた。
「ダンデさんはナマエのどこが良かったんすか!」なんてユウヤの言葉に耐えきれなくなって割って入った。

「今日はもうお開きだ!帰るぞ散れ!今ならオレの奢りで会計済ましてやる!」

バカどもは「ええ〜!」と不満の声をあげたが、タダ飯の魅力に屈して比較的あっさりと解散していった。

「ダンデさ〜ん!また飲みましょうね!絶対ですよー!!」

名残惜しげにいつまでも手を振っている集団を振り切るようにダンデさんとその場を後にする。金が浮いたのでそのまま二次会にいくらしい。これ以上自分の話を肴にされるのはたまったものではないのでさっさと逃げ出すに限る。


ダンデさんを送っていくために夜道を二人で歩いていると、ふと先ほどのユウヤの言葉が頭に浮かんだ。酒の席の話のタネにされるのは勘弁だが、オレも気になった。
告白された時はその衝撃が先行して、そういうこともあるもんなんだと思考停止に納得してしまったが、どうしてダンデさんはオレのことが好きなんだろう。

「さっきの……オレも聞きたい。ダンデさんは、オレのどこが好き?」

街灯だけがポツポツと道を照らす人気のない水路沿いの路地でオレはダンデさんを振り返った。
海から続く波音だけが薄明かりの夜に静かにさざめく。酒の入った様子の彼は機嫌よくオレの問いに答えた。

「そうだな……最初に気になったのは、あいさつだったんだ」
「あいさつ?」

疑問符を浮かべるオレにダンデさんが優しく微笑む。

「ああ。ナマエは、タクシーが目的地に着くと必ず別れ際に一声添えるだろう?朝だったら『いってらっしゃい。よい一日を』とか夕方なら『お疲れさまです。お気をつけて』とか。それで気になったんだ」

確かに、それはオレが意識的に続けていることだが。改めて言われるとなんだかむず痒い。静かに照れているオレに気付かずダンデさんは続ける。

「最初は当たったらラッキーくらいに思ってたんだが、それがそのうちナマエに会うこと自体が楽しみなって……もう移動じゃなくて、会うのが目的になってたな。いつの間にか」

ダンデさんが屈託のない笑みを浮かべる。少し照れ臭そうに眉を下げる様が、あまりに印象的だった。

ああ、この人は本当にオレが好きなのか。

それを理解した瞬間、顔がカッと熱くなった。オレは今、到底見せられないような顔を、してる。

「そ、か」

ふいと顔をそらして歩き出すと、ダンデさんが駆け寄って歩調を合わせてきた。顔を覗き込もうとするのをうつむいたり反らしたりして阻止する。

「ナマエ、顔見せてくれ」
「いやだ」
「ナマエ」
「やめろって」

避け続けていたら、不意に衿もとを引っ掴まれる。あ、と思った瞬間強引に引き寄せられた。

「ぅわっ」

振り向いた顔は喜びに輝き、得意げな笑みを浮かべている。乱暴な手段と余裕な態度にイラっとしつつ、いろんな感情を誤魔化すためにキスをした。
何とかして余裕を突き崩してやりたいと考えて舌で唇を割ろうとした刹那、ダンデさんが食いつくように口を開け舌を絡めてきた。コノヤロウ!とこちらもそれに応戦する。
相手の舌を吸ったり、噛んだり、こすったり。吐息も唾液も全部飲み干す勢いでの応酬に、ふたりそろって息も絶え絶えだ。

くらくらしてきて思わず後ずさると、その隙間を詰めてきたダンデさんに川縁の手すりに押し付けられた。足元で暗い波がうごめくざあざあという音がした。あとは、お互いの吐息の湿った呼吸音だけ。
声が全て相手に飲み込まれてしまったかのように、お互い言葉が出てこない。代わりにグ、と勃ちあがったそれを押し付けられた。獰猛な視線がオレを射抜く。切羽詰まったように擦り付けられる体に挑戦的な笑みを返した。先に欲情した方が負けだろ?

「ちゃんと調べてきたのかよ、チャンピオン様?」

努めて余裕ぶった表情を浮かべると、ダンデさんは切なそうに顔を歪めた。褐色の頬が赤く色づいている。情欲に濡れた唇が耳に触れて、甘ったれた声が耳孔を犯した。

「ああ。はやくキミが欲しい。ナマエ」

余裕がない。節操もない。外聞がない。理性もない。ぐずぐずになった星が落ちてくる様が愉快だった。ああ、たまらないな。
目の前の男に自分の理性も溶けていく音がする。

「だったら実践しないとな」

その全てに応えるように目の前の褐色の耳に噛み付けば、乙女のように腕の中の鍛え上げられた体が震えた。
「モーテルいくか?」と問いかける。その質問に、オレの星は「オレの家に行こう!」と答えてこの手を取ると、流星のように駆け出した。

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