僕の持つ一番古い記憶は、僕が初めてこの羽生蛇村に連れて来られた頃から始まる。
思い出すのは僕の背中にそっと手を添えて誇らしげに何かを話している母の声と、見たこともない広く冷たい大きな屋敷。
満足そうに僕を見下ろすたくさんの大人たちの視線。
そして神代家に選ばれた特別な人間であるという誇らしさと、ほんの少しの不安。
僕の記憶の最下層にある思い出は酷く曖昧になってしまったそれらで構成されている。
志村名前の家から帰ってきた僕は自室の文机に項垂れてじっと虚空を見つめていた。
不覚だ。
どうして逃げるように帰ってきてしまったのか分からない。
お前と僕では境遇は似ていても立場は違う!とか言いたいことは色々あったがさっきは何も言葉が出てこなかった。
何故…かは問われてもうまく答えられない。
自分にもよく分かってはいないのだから。
僕はゆっくりと瞳を閉じて思考の海に身を委ねる。
人払いをした自室の周りは寄り付く者もおらず静寂だけが辺りを包んでいた。
僕は短く息をついて名前のことを思い出す。
僕とあいつが似た者同士だって?
冗談じゃない!
あんな奴と一緒にされてたまるか!
だいたい、名前と僕では家柄の格というものが違う。
僕はただ家を継げばいいだけじゃないんだ。
教会、医院、神代。
この三つを円滑に、周到に管理しなくてはならない。
儀式にしてもそうだ。
時には信仰の対象とさえなり得る神代の家を継ぐということは大変なことなのだ。
何にも知らない、村のいち家名を継ぐのとでは全然違う!
そう思っても、今だ蔓延るもやもやとした思いは晴れそうにない。
あああ!
何だっていうんだ!
幼い頃から大体のことが思い通りになっていた僕だ。
自分の心を持て余すなんて耐えられようもない。
スッキリしないのは嫌いなんだ。
「くそっ」
似た者同士…だって?
あんな奴に僕の思いが分かってたまるか!
僕はあいつとは違うんだ。
名前とは全然似ていない。
家柄も、性格も、責務も…しようとしていることだって!
なのに。
なのに!
「…どうして」
こんなに、気になるんだ。
…くそっ
(引っ掛かって離れない)