今日も今日とて晃さんは外出中だ。
狩りも暫くは予定がない。
暇をもて余した俺はぶらぶら散歩でもするか、と玄関へ向かい手早くスニーカーを穿く。
立ち上がり家を出ようと扉に手を伸ばしたところで俺が触れるより前に、目の前の扉がガラッと勢いよく開いた。
行き場をなくした俺の手は虚しく宙を掻く。
驚いて顔をあげるとそこには同じく驚いた顔をした神代淳が目を丸くしてこちらを見つめていた。
神代淳…?
どうしてここに…。
無言で訝しげに見つめると俺と目が合った彼はハッとして偉そうに腕を組んだ。
この男は常に偉そうにでもしていないと死んでしまうのだろうか。
驚いたことを取り繕うように大きく咳をした神代淳をじっと見つめて心の中で呟く。
「また鍵がかかってなかったぞ!」
「…家の中に居たからな」
しかも今から出掛けるところだったからな。
俺は何の用だ?という意味を込めて軽く息をついて彼を見つめる。
すると彼はグッと息を詰まらせた後でばつが悪そうにそっぽを向いて呟いた。
「…お前のせいだぞ!」
「…は?」
「この間お前が妙なことを言うから気になってしまったんだ!悪いのはお前だぞ!」
偉そうにふん、と息を巻いて主張する神代淳にはあ…?と曖昧に呟いてひたすら記憶を掘り起こす。
この間…?
最後に神代淳と会ったのはたしか報告書を渡しに行った時だったか。
あの時は確か…。
「ああ、あの時のか」
「分かったのか?」
軽く目を見開いてこちらを見つめる彼に俺は近くの石垣に腰を下ろすとああ、と軽く頷いてみせた。
神代淳の気になったことというのは恐らく最後の俺もだから、という言葉についてのことだろう。
俺は石に座ったまま立ち尽くす神代淳を見上げた。
「言葉の通りだ。俺も養子なんだ。この志村家を存続させるための」
俺の言葉に神代淳が目を大きく見開く。
衝撃を受けたように固まる彼を一瞥して俺は続けた。
「晃さんは、27年前に奥さんと息子さんを亡くしている。弟のさんも亡くなっているから、晃さんの父…祖父が遠縁だった俺を幼い頃養子にもらい受けたんだ。志村の血筋を絶やさないために」
その後、しばらくして祖父は亡くなった。
彼らにしても恐らく苦渋の決断だっただろう。
しかし晃さんは村から離れる気はないものの厭世的だったし、人と関わることは極力避けていたからもうこれしか方法がなかったのだろう。
訳も分からぬまま羽生蛇村に連れてこられた俺は村に馴染む間もなく直ぐに祖父が死んだため、それ以来ずっと晃さんと山暮らしだ。
神代淳が最初、俺の顔を知らなかったのはそのためである。
所謂、血筋を絶やさないためだけの存在である俺と神代淳は…とてもよく似ていた。
「だから別に、そのことであんたを嫌ったりはしない。家柄は違えど、あんたと俺は似た者同士だからな」
俺の言葉に神代淳がパッと顔をあげる。
そして一瞬くしゃっと顔を歪ませた後で随分偉そうに俺を見下ろした。
「ぼっ、僕とお前が似た者同士なわけないだろ!馬鹿!」
どこかいつもより陳腐な暴言には反応せずに俺はじいっと神代淳を見つめる。
見つめられた神代淳は手で口許を覆い隠すと勢いよくきびすを返してこちらに背中を向けた。
俺は目を瞬かせてその後ろ姿を見守る。
「馬鹿名前!僕はもう帰る!」
それだけ吐き捨てるように言うと彼は勢いよく小道の奥へと駆け出していった。
俺はその様子をぽかんとして見送る。
一体何しに来たんだ彼は。
本当にあれだけを聞きにこまでやって来たのだろうか。
俺は小さな背中の消えていった先を見つめて大きくひとつ息をつく。
やっぱりあの神代淳という人間は変な奴だ。
…。
(…あいつにも色々あるんだな)