「(…なんで僕がわざわざ猟師のところまで出向かなければいけないんだ)」


僕は折臥ノ森の森の中の小道をざくざくと進む。

何故僕がわざわざこんな山奥に出向いているかというと村人の幾人かが猪が畑を荒らして困っていると訴えてきたからである。


神代は昔から村の名家であり纏め役だ。
勿論そのような嘆願が来ることも多く、その全ては神代家を通して然るべく処理されるのである。

問題が起きた際の対処は神代の役目だ。
今回の場合は猪が出たと言うのでそれを退治する役職の者、つまり猟師への依頼とその達成が神代の仕事だった。

そして僕はその神代家の次期当主である。
本来は今であれば全ての仕事は現当主である義父が行っているのだが、秘祭が近付いてきたこともあり僕もそろそろ当主としてのいろはを学ぶべきであろうと義父に命じられ、猟師のもとを目指すべく山道を登る現在に至っている。



「(猟師っていったってそれだけやっている訳じゃないだろう!?なんだってこんな山奥に住居を構えるんだ!)」



僕は憤りながら双手に別れた道を右へ曲がる。
渡された地図によれば猟師の家はもう近いはずだ。

右へ左へとうねる小道を辿ってひたすらにその先を目指す。
すると緑しかなかった山中に漸くくすんだ赤い屋根の家屋が見えてきた。

僕はやっと見つけたそれに大きく息を吐いて歩み寄っていく。

これだけ歩かされたんだ。
文句のひとつでも言わなければ治まらない。

僕は足取り荒く家に近づいていった。

神代の屋敷とは比べ物にならないほど小さく粗末な家だ。
わざわざここに留まってまで住み着く人間の気が知れない。

僕は無遠慮に玄関の戸に手をかけて扉を開く。
鍵のかかっていなかった戸はいとも容易く開けることができた。

不用心だな。

僕は眉を潜めて家の中を見渡す。
辺りに人気はなく、留守にしているような空気だった。



「おい!誰かいないのか!」



できるだけ大きな声で家の中に向けて呼び掛ける。

すると家の中ではなく後ろからなんだ?と小さな声が上がった。
僕は驚いてすぐさま背後を振り返る。

そしてそこにいた人物に驚いて、あっ!と声を上げた。

数日前に見つめた暗く鋭い黒曜の瞳が訝しげに僕を見つめる。



「お前…あのときの!」



僕が声をあげると男は目を細めてまじまじと僕を見つめた。
探るような視線が無遠慮に向けられる。

それに不愉快な思いで眉をつり上げるとやっと思い出したのか男があのときの…と呟いて僅かに首を傾けた。

僕は先日のことを思い浮かべると息を巻いて男に詰め寄る。



「お前ッ!どうしてここにいるんだ!」



高圧的な僕の言葉に男が不快そうに眉を潜ませる。

暫しの沈黙の後、耐えきれなくなった僕が口を開こうとした瞬間に男が漸くぼそりと呟いた。



「…あんたこそ、どうしてここにいる」



まるで僕がここにいてはいけないかのような口調にカッと頭に血が上る。

僕だってわざわざこんなとこ来たくて来た訳じゃない!



「僕は猟師に会いに来たんだ!本当はお前みたいなのに構っている暇なんてないんだからな!」



憤慨して言い放てば男は無言で僕の横を通りすぎると近くにあった切り株に持っていた荷物を下ろした。
不遜なその態度に僕はイライラと足を踏み鳴らす。

荷物をおいた男は僕を振り返るとまるで先程の会話はなかったかのように平淡な声音で口を開いた。



「それで、何の用だ」



ああ、全く話が通じない。
こいつは馬鹿なのか!

僕は苛立たしげに男を睨み付けて声を荒げる。



「だから僕が用があるのはお前じゃなくて猟師だ!」



「だから何の用だ」



「はぁ?だからお前じゃないって言ってるだろ!」



「猟師を探しているんだろう?」



「さっきからそうやって言ってる!」



「なら」



男がゆっくりと立ち上がる。

そして家の表札を指差すとまっすぐに僕を見つめた。



「俺に言うといい。猟師を探しているんだろう?俺は志村名前だ」



僕はその言葉に目を見開いて表札と男を交互に見つめた。

志村…だって?
それじゃあこいつが…。

僕はまじまじと目の前の男を見つめる。


するとぽかんとする僕に男…名前は訝しげに首をかしげて見せた。








ええ?!

(お前が猟師!?)


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