夏、ベランダで


夏だから花火をしようと、世良が言ったのだ。ふたつのバケツと、ひと束の線香花火を手に持って。
「花火って、もっと広いところでやるものだと思ってました」
椿の部屋のベランダ、ふたり窓際に並んで、水を張ったバケツの中でパチパチと線香花火が花を散らす。実家にいた頃椿は、まわりにありあまっていた空き地でしか花火をしたことがなかった。実際にはそこは誰かの私有地だったのかもしれないけれど、とにかく燃え殻を入れるためのバケツの中で、花火を見つめる日がくるとは思っていなかった。
「そりゃその方が楽しいけど、東京じゃそんな場所ないしなあ。最近じゃ公園も花火禁止のとこあるし」
だらだらとそんな会話を続けて、狭いバケツの中で水に反射しながら輝く花火を見つめているうちに、
(この花火みたいに)
椿の中に独占欲がむくりと湧いて、
(とじこめて、おけたら)
遠近感がおかしくなるような、軽いめまいが目の裏側に絡みつく。薄青い、灰色混じりの夏の夜空と赤い火花のコントラストが、まぶしかった。
(誰にも見せないで、俺のって、言って、言えたら)
(言えたらいいのに)
(ひとりじめ、なんて)
そんな勝手な思いが脳裏をよぎる。
「花火大会とか夏祭りとか、いっぱい行こうな、椿」
「はい」
あと海な!と笑う世良に、閉じこめきれない大きさと明るさを突きつけられて、椿の小さな独占欲など、あっさり霧散してしまう。世良がひとには見せないところで抱えているものを、椿はたぶん誰よりも知っているけれど、それでも世良の持つ明るさは揺らぐことなく、底なしで、閉じこめたり隠したりだなんて、椿には到底できないのだ。
(でも悔しいとか、なくて)
(ほんとうに、おおきいひとで)
(もう、好きとか、なんか、無意味で)
夕闇で輝く花火に見入ってしまうように、思考のすべてが世良に引き寄せられて、目が眩む。
(きっとこれが、夢中ってやつだ)
「世良さん」
「うん」
「好きです」
「……うん」
世良の手が小さく揺れて、じゅ、と火種が水に落ちる音がした。つられるように、椿の線香花火も水中に身を投げた。身を焦がす、という言葉をふと思い出した。
(でも花火みたいには、消えないな)
(いつまでも、気持ちは)
狭いベランダで夏の夜、恋心に優しく揺られていた。













バキセラ企画さんへの提出物。






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