今日も遅くなる。
言い残しちゅ、と啄むようなキスをされた。パサパサと金髪が俺の視界で揺れる。この人の遅くなるは大体まる1日を指す。キスをされてから、すこしたって頷いた。真夜中に俺と一緒に潜っていた布団の隣から、彼の温もりだけが遠ざかっていく。握りしめたタオルケットがしわくちゃになって、どんどんその皺は刻まれて。寝室の扉が閉まると同時に、俺の心はぽっかりと穴があいていた。

ぞくりと身体中が寒気が走る。指が震えた。
目を覚ましたら、ひとり。残り香はするのに。漆黒の夜が永遠と続くような気がした。それが妙に恐ろしくなって、俺はあの人がいなくなるのを待つ。布団を剥ぎ、そろりと足をベッドから垂らして俺は起き上がる。先程の情事のせいか、身体は重かった。

窓を覗けば、赤い月。不気味なところが美しくて、月を見ながら静かに微笑みを浮かべた。俺はグチャグチャになった制服を正して、あの人の家を出る。街をさまよい歩く。ゴールは俺と一夜虚しい時間を過ごしてくれそうな男が見つかるまで。
あの酔っ払いの親父か、でもあのお兄さんもなかなか美形だ。適当に選び出して俺はあの人にも見せたことがない、性欲をひたすら満たしたいオンナのような表情をして相手の顔を覗き込む。すぐに近くのホテルに導かれ、そこで今夜第2グラウンド開始。情事をしてきたことがバレないように、俺はワザといやらしく喘いで、好きでもないけど好きだと嘆いて、触りたくもないのに欲しい欲しいと乞う。


「もっと、ちょうだい?」


まだまだなんだろ。俺のこと滅茶苦茶にしちまえよ。なにも考えられないぐらい、気持ちよくさせて。

適当に選んだ三十代のおっさんに散々抱かれて朝を迎えた。おはよう、と挨拶をされる。おっさんの腕の中で迎えた朝は、1人で迎えるよりはいくらかまだマシだった。高いのか安いのかも曖昧だが、諭吉3枚を俺の枕元に置き、おっさんはホテルの外に出ていった。また相手してね?と、気色悪い笑みを浮かべられた。ゾッとしたが、とりあえず頷く。おっさんがいなくなって俺は時計を見た。針は既に9時を差している。学校はかったるいから休もう。どっちにしろ、学校に行こうという気分になれなかったから都合がいい。もうなんでもいい、どうでもいい。半ば自暴自棄になりつつ、本当の欲求は満たされることなく、ただ肉体的な疲労を患っただけだった。しかもその代償がこの枕元にある諭吉3枚だと思うと、破りたくなった。



1人で静かなホテルの一室に寝っ転がるのもなんだか虚しくなって俺も部屋を出た。寂しい寂しいと、俺の心がさめざめと泣いている。こんな弱い自分なんか知らないと、俺は急激に痛み出した心臓に言い聞かす。それでもやはり、その痛みは収まることなんかなかった。

仕方ないからあの人の家に戻ると、いないと思っていた家の主が既に部屋にいた。赤いソファーに仰向けになったまま、俺の存在に気づくとおはようと微笑まれる。罪悪感やら、惨めな気持ちにいっぱいになって、俺はそこに立ち尽くしたまま。

あの人は起き上がってそんな俺に近づいてくる。そして同時に嗅覚はどぎつい花の匂いで充満する。俺はそれが苦手だから、本能的に一歩後退りしてしまった。それがあの人の勘に触ったみたいで、ぎゅっと思わず顔を歪めてしまうほどに手首を握られた。俺はもう、逃げられない。

「ハッ、憎たらしいね」

吐き捨てるように言われる。

「俺よりも帰りが遅いだなんて。こんな時間までどんないい思いしてきたのかな」

声音は優しいのに、目は笑っていない。あの人はそう言うと、俺を強く抱き寄せた。派手な赤いシャツに顔を押し付けられ、俺はそこから匂う気持ち悪い匂いに吐き気がした。あの人もどうやら俺のYシャツに顔を沈めているようで、肩にあの人の呼吸の気配を感じる。


「…オス臭いね、…でもそんなとこが憎たらしくて憎たらしくて、うんと可愛いよ」


するとすぐに頭に鋭い衝撃が走った。気付いたときには冷たい床に押し倒されて、あの人は俺のベルトを乱暴に外してからすぐに行為に及ぼうとしている。先程の残りが、自分の中から漏れ出していた。それを見たあの人はどんな表情かもわからない。両足を上げられ、角度的にあの人の顔が見えないのだ。すぐに身体を繋げられ、グチャグチャとかき混ぜられ、乱暴にされ、痛いはずなのに感じてしまう己の姿。


「…お仕置きなんて、生ぬるいことしてやんないよ」


俺なしで生きてけなくしてやると、耳元で囁かれた瞬間、俺はイった。そんな俺を見て、鼻で笑う。それに赤面しているとまたさらに俺は強く揺さぶられた。


視界に広がる真っ赤なあの人のYシャツからは、相変わらず雌臭い匂いが漂っていた。



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