こいつとは所謂腐れ縁である。高校一年生の春から今の今までよくも付き合ってきたものだ。

「土方ぁ〜たまには店こいってー。サービスするぜ?」

暇があれば俺の家に転がり込んで安酒で夜を明かす。最近の定番だ。
坂田は最後の酒をいっきに飲み干すと、ふわふわと焦点の合わない視線をこちらに向けてきた。

「…誰がホストクラブなんかに行くかっ!俺は男だ、しかも警察だ!」
「えー、んなの関係ないってぇ」
「気持ち悪いから語尾を伸ばすんじゃねぇっ」

既にかなりの量の酒を飲んでいるせいか、いつも以上に会話のタッチは軽く、テーブルの反対側に座っていたのにわざわざ隣まできて重たい頭を肩に預けてきた。

「別に男が来てもいーのに。うまい酒あるし」
「ぼったくりのな」
「そこはねぇ、ドリーム価格」
「ドリーム価格ってなんだよ!」

鬱陶しい猫っ毛をひっぺがし、寝るなら床でどうぞと冷たくしてみると、まるでさみしがり屋の子供のように頬を膨らまして嫌だと駄々をこねる。その時目についたのがやはりホストとは思えない田舎臭い部屋着に、無精髭、眠たそうな瞼。あのきらびやかな仕事場に今放り込んでやったら客は悲鳴をあげるだろう。坂田は白い手のひらを擦り合わせながら寒いと鼻をすすった。

「…ジャージ、着ろ」

ソファーにかけておいたジャージの上着を奴の顔面目掛けて投げてやる。それを無言で受け取った坂田は酒気の帯びた潤む瞳でにまりと微笑んだ。

「やーっぱ土方はいい嫁さんに…」

ジャージをキャッチしてにやつく顔が何を言うのかと思えば、最近は本当に同じことしか言われない。酒が回り酔ってくると大概はその話に方向転換してしまう。

「何が嫁だ。俺は男だっつの」
「…そーだけどさぁ。じゃなくて土方が結婚したら相手の子は幸せだろうなーとさ」
「そー言うお前こそ早く結婚しろ。いい加減お前の面倒みるのも疲れた」

そう坂田の鼻を摘まんで言ってやると、眉を少し潜めながらばつの悪そうな顔をして舌打ちをされる。摘まんでいた手を払いのけられ、テーブルにアゴを乗せながら籠った声で、それができたら苦労しない と小さく呟く。心もとない手つきでジャージを羽織る坂田の横顔はもう、三十近いおじさんになっていた。

「だからさぁ、言っただろ?俺はゲイなんだって。一生結婚できない人なのー」
「だから誰とも付き合わないのか?ゲイだったらゲイ同士付き合えばいいだろうが」

結婚できないとは言うけれど、ならば一生一緒に居られるような男を探せばいい。女でなくても、そんなこと罪にもなるまいに。

「……そうだけどさぁ、やっぱゲイってワンナイトな関係の方が多いし」
「一週間だけとか、一日だけとか、そういうの疲れるだろ」
「なんだよ、説教?」
「違う。ただそういうことやってるお前見てるとなんかイライラすんだよ」

怪訝そうな表情を浮かべた坂田はもう空っぽになった缶を持ち上げて左右に振ると、残念そうにその缶をまたそっとテーブルに置いた。

「なんだよそれ、そう言う土方だっていい加減嫁さん貰えよ」
「今は仕事で精一杯なんだよ」
「んなの言い訳だろ?お巡りさん」
「その言い方やめろ。しょっぴくぞ」

顎をかくかくさせながら心のないごめんなさいを言われたのち、室内のどこからか流れ込んだ冷たい空気が身震いをさせた。酒で高くなっていた体温のせいか、余計に肌寒く感じられる。坂田が不貞腐れたように床に寝転がると、少し間を置いてから話始める。その後ろ姿はまるで大きな猫が丸くなって眠っているような格好だった。

「いいだろ別に。土方には関係ない」

丸い背中を更に丸めて、顔を床に伏せた状態で肩を抱えている。昔から機嫌が悪くなるとこうしてすぐにふて寝をしてしまう。恋愛云々の話をすると必ずと言っていい程険悪な雰囲気になるのに、毎回お決まりの如く聞いてくる坂田にいい加減嫌気が差す。

「何すねてんだ、くされホスト」
「…いいんだよ別に、俺は誰も好きになんねぇって決めてるから」
「答えになってねぇぞ」
「うるさいなぁ…どうせ男同士くっついたっていつかは駄目になんだから、だったら割りきった方が楽しいだろってこと!」

どっちが言い訳染みているのやら。
視線をずっとカーペットの縫い目に据えていた坂田は声を荒げ、空のビール缶を投げつけてきた。

「おまっ、あぶねぇだろ!割りきる?不誠実にも程がある!」

こいつの言う割りきった関係を推奨する気なんて毛頭なかった。男を恋愛対象としてしかみれないのならば、それなりの方法はあるだろう。確かに一般的な恋愛よりもはるかに障害は多いだろうが、それでも努力ぐらいできるだろう。
そうやっていつも、何処かの誰かを家に連れ込んでは体を繋げるだけの関係なんて、見ているこっちに虫酸が走る。
他人のはずなのに他人事とは思えなくて、お節介だと分かっていても口を出してしまう。もう十年以上の付き合いになるわけで、その積んできた時間は確かなものだから。心配するなと言う方が、恐らく無理なのだ。

「…俺はずっと一人でいい。親もいねぇし。おまけにゲイだし?不誠実にもなるでしょうよ」

不誠実と放った後に言ってしまったと少し後悔した。まったくもってそんなひどい言葉を浴びせるつもりはなかったのだが、酒の席ではどうも感情ばかりがヒートアップしてしまう。

「お前なぁ」
「仕事柄特定の人を作るとかもあんまよくないし。なんかそういうことすると接客に乱れがでそう」
「ホストに乱れ?常に乱れてんだろうが」

聞き捨てならなかったのか、寝転がっていた体の半身が跳ねるように起き上がって、それはない と強く言い放った。

「なんだその言い方、警察だからってなんでも言っていいのかよ!」
「別に警察だからとか言ってねぇだろうが」
「優秀な土方くんとは違って俺はどうせこんな仕事しかできないんだよ。お前と俺を同じ風に見るな」

だいぶ眠いのだろうか、しっぽりと濡れる目の端を手の甲で擦っている。少々声を荒げた坂田は、唇をきつく噛んで今度は黙り込んでしまった。

「眠いなら布団敷くからそこで寝ろよ」

唇をかたく結び首をふるふると横に振る辺りは昔と変わらず子供っぽくて、そのくせ見た目ばかりが成長してしまったから頭が混乱する。時々分からなくなる。こいつを一人の大人として扱うべきか、馴染みの同級として扱うべきか。こうやって目の前で機嫌を悪くされて、最終的には何も話さなくなる。さぁ、一体このひねくれて育ってしまった男をどうするべきか。

「おい聞いてるのか?坂田、おい」

そっと猫っ毛を撫でてやると、やめろ
と消えてしまいそうな声を上げ、冷たい手のひらが手首を掴んだ。

「…坂田?」

突飛に掴まれた手首をそのまま力強く引かれて、ストンと酔っ払いの腕の中に収まった。あまりにも驚いて一瞬言葉を失って頭の中が真っ白になる。不意にぎゅっと抱き締められて無理な体勢のまま停止した。背中が逆に反り返り見上げると坂田の顎が視界に映った。

「はな…」
「放さない。って言ったら?もう放さないって、一生一緒にいようって、男に言われたら?」
「何いってんだ」
「ヒくだろ?普通に。無理だって思うだろ?」
「おい…」

腕の中で静かに高鳴る心音を聞きながら、この男は果てしなく健気でさみしがり屋なのだと知る。するとなんだか急に、可哀想だなとか哀れだなとか、口に出してしまったら殴られそうな言葉ばかりが頭に浮かぶ。

「わかってんだよ。だから、言わないんだ。誰にも、愛してるなんて」

今までに見たこともないようなぐずった顔で、目頭からじわっと滲んできた涙は、目の淵を伝って目尻であっという間に滴に変わる。

「坂田…」

肩を抱く腕は微かに震えていて、でも確かな熱を持っていた。途切れ途切れ話す彼の声はまさに風前の灯で、ホロホロと流れる涙が内面の弱さを語っている。
一旦体勢を立て直してからあらためて坂田と向き合うと、まだ深紅の瞳から涙が止まらないでいた。そんな救いようのない姿に、僅かながらも同情しどうにかして助けてやりたいと思ってしまったのは事実である。

「何泣いてんだ」
「土方が泣かした…責任とれ」
「ああそうだな…責任とってやるよ」

真っ赤な目をした男ははっと俯いたまま目を見開いて、数秒してから疑いの眼差しで前を向いた。嘘だろ?と三回ほど聞き直されたが、しっかりと嘘じゃない
と答えてやる。すると坂田はぎゅっとかたく目を瞑り、またホロホロと涙をを溢す。

「だから、なんで泣くんだ」
「お前が…変なこと言うから」
「変なこと?じゃあストレートに言った方がいいか」

すると坂田はふるふると頭を横に振る。

「やだ…」
「坂田」
「土方…!」
「だったら俺と一緒にいればいい」
「やめろって」
「俺を、愛してみればいい」

ぐしゃぐしゃになった顔面を覆う大きな手を、力づくでひっぺがし今度は自分の方に金色の頭を抱き寄せた。ふわふわと柔らかい髪の毛はまるで猫のよう。

「ばかだろ…無理だって」
「なんでそう思う?」
「お前…ストレートだろ?男なんか相手にできるわけ」
「そうかもな。だけど、坂田だったら相手にできる。昔からずっとそう思ってきた」

遠くから見守るのはもうとっくにくたびれていた。坂田が仕事だと言って女と寝た時は酷く腹が立って、その怒りは酒を飲んで昇華した。見知らぬ男と玄関さきでキスをしている現場に居合わせてしまった時だって、沸々と沸き起こる怒りがあった。思えばタイミングがなかっただけで、相手はゲイだと分かっていたから内心安心していたのかもしれない。

「なんだよそれ…からかってたら殴るぞ」
「からかってねぇよ。坂田、俺を選べ」

曇った眼は未だに困惑の色を隠せないでいた。鈍く光る滴は留まるところを知らず、頬へ何重にも細い線を描いた。
一度咳払いをしてからワイシャツの袖でそれを拭ってやると、びくんと肩を強ばらすこの男が酷く愛しい。
柔らかい金髪を撫でて耳元に唇を寄せると、もうやめてくれと懇願されたが、自分でも笑ってしまうくらいに歯止めがきかなかった。首筋にわざと音がするように吸い付く様なキスをして、案の定あたふたしている呼吸のリズムに笑った。抱き締める確かな温もりをこれから大切にしようと、こっそり誓う。
愛していなくてもいい、ただこうして近くに、触れ合ったり見つめ合ったり
ただそれだけでもいいから、俺一人だけを好きだと言って。
静寂に包まれた二人の空間、甘く強かに互いの存在を確かめ合うと、朝陽の光を受け入れた窓辺を眺め、ささやかな口付けを交わした。



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