その赤、を、煩わしいと感じたのは一体いつのことだったか。今では忌ま忌ましさしか覚えぬその色彩、は、時折殺意にも似た真っ直ぐな欲、を湛えて此方、を見つめてくる。―――否、そんな生易しいものではない。射抜く、そんな表現が似合うほどそれは寸分と違わず俺、の眉間を目掛けて飛んでくる。

嗚呼、痛くて痛くて堪らない。喉が焦けるようだ。


黄昏れ時の歌舞伎町というのは、昼間のそれとも夜のそれとも違い、僅かに人を感傷的にさせる。戦闘服を身に纏った人々の横顔を夕日が差す様は、何とも言えず美しい。化粧を施し、髪を結い、ドレスを着ても、彼女らは彼女で。髪を整え、スーツを着込み、アクセサリーを身に着けても彼らは彼らで。装飾品などに左右されないその内側を影として映し出す逢魔が時には何かが起こる―――。

開店準備中の店の間を抜け、細い路地裏へ足を踏み入れる。気さくな此処の住人は土方の姿を認める、畏怖するでも忌避するでもなく声をかけてくる。それに適当に返しながら、足を進めていけばひっそりとした佇まいの店が見えてくる。ぎらぎらとしたネオンもなければ、店の名前さえ何処にも書かれておらぬ。とてもこの街には似合わぬ外装だが、その実それなりに客がはいっているというから、世の中分からぬものだ。
勝手口の方まで回ってみると、ただでさえ狭い路地をごみ袋が占領していた。今日出し忘れたのか、明日に出すつもりなのか。或いは土方への嫌がらせか。どちらにしろ、不衛生な上に頗る印象が悪く土方の機嫌を損ねるには十分すぎるほどの効果を齎した。
舌を打ち、咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付ける。ポイ捨てはマナーとしてすべきではないし、個人的にも好きではない。新しい煙草を一本取り出し、火をつける。一回二回、紫煙を吐き出した後、冷たいステンレスの扉をノックする。すぐ誰かが顔を出すだろう。面倒臭いことにならなきゃいいがな。そんなことを思いつつ、地面に灰を落とす。

「土方さん、ご苦労様です」

ドアを開けて顔を覗かせたのは、バーテン服を着た眼鏡の青年だ。彼は土方より頭一つ分ほど低い位置にある頭をさらに下げて、挨拶をする。小柄な身体付きの所為か、或いは頼りない印象の所為か、どうにも彼と話していると土方は自身が悪者になった気分になってしまう。

「これ、今月分です」

差し出された封筒の中身を確認しつつ、近況を尋ねる。シマの状況くらい把握しておかねばならぬ。此処に来る道すがら聞いた話によると、子供が興味本位で持ち込んだスピードが見つかった以外は別段騒ぎ立てるほどのことはなかったようだ。違法薬物も拳銃も行方不明者でさえ、彼らにとってはお馴染みのものであるらしい。堅気でない自分が言うのも何だが、物騒な世の中になったものである。
件の子供もきちんと沖田に引き渡されたようだし、問題はないだろう。普通の人間と感覚の違う彼の躾を受けて無事でいられる保障はし兼ねるが、それは土方の知ったところではない。
青年は腕を組んで短く唸ってみせた後、情けなく眉を垂らす。困惑とも取れる微苦笑を浮かべる彼は、大したことはないんですけど、と前置きをしてから話し出す。

「実は最近―――」

ああ、結局煩わしいことになってしまった。土方はひっそりと嘆息した。




愛でるように触れる手つきは決して嫌いではない。ほんの少しこそばゆいだけで、かさついた掌が肌を滑る度に漏れる吐息は淡い熱を孕んでいる。むずがるように頭を振れば宥めるように頬を撫でられ、逃げ出したい衝動に駆られる。

「ほんと綺麗な肌してんね」

男に向けるには些か疑問を覚えるそれは、しかし揶揄いでも何でもなく本心からのものだと知っている。そろり、と肩甲骨を撫でる手は僅かに湿り気を帯びている。
身体を重ねる度、決まって男は土方の背を愛した。やわらかくもなく骨ばかり浮き出た身体など触れても楽しくないだろうに、その指先は何処か愉しそうで、土方は碌な抵抗も出来やしない。背骨を辿るように唇を寄せ、甘噛みし、爪を立て、舌でなぞられ、堪らず身体が震える。噛み締めた唇の隙間から漏れ出る悪態がまるで意味を為さない。

「ね、何か入れたりしないの」

ちゅ、と愛らしい音を立てて項に唇を落とされる。耳朶を擽る金糸が擽ったい。ふわふわとした感触がさながら男の秘めた部分のようで、途方もなくいとおしい。大きな子供を相手にしているような、そんな気分になってしまう。
しつこいほどに背中に触れる指を取り、身体を反転させる。金糸が優しく頬を濡らす。絡んだ赤、が。揺らぐ、

「高杉みたいに蝶、とか?」

わざとらしく口端を歪めれば、男は僅かに目を眇めた。

―――まさか。

「その睛が拝めなくなるなんざ御免だね、」

眼帯の下、静かに羽根を広げる黒揚羽。人を食ったような笑みを湛える同僚の姿が頭に浮かぶ。とても自分にはあのセンスは理解出来ない。
同じく熱に潤んでいるだろう眦に触れ、男が笑う。ゆるく撫でられただけで燻るものが喉を焦がす。

「―――よく言う。自分は珍しいもんにご執心のくせに」

咎めるような口調は予防線。握った指の強さも、孕んだ熱もすべて。本気なはずがない。それこそ、まさかだ。

「知ってるぜ、夜兎。最近、よく顔出してるらしいじゃねぇか」
「ああ、新八に聞いたのか。アレだよ、神楽の兄貴。道迷ってるとこ助けてやったら懐かれたんだよ」

面倒見の良い男のことだ。全部が全部嘘ではないのだろう。だが、すべてが真実なわけでもないのだろう。
夜兎は中国系マフィアに多い種族だ。例に漏れず、男の元に身を寄せる少女も中国系マフィアの出だ。その身内とならば、勿論土方たち大江戸組系のそれとはあまり友好的な関係とは言えぬ。とはいえ、組織の末端である土方には遠い世界の話だ。実際問題、舵を取るのは上の人間。駒は駒らしく上の命令を待つだけだ。自慢ではないが、あまり褒められた勤務態度ではないのだ。出世したいとも思わない。
ならば何故こんな世界にいるのだろう。ふと思考するが、それは不意に閉ざされた視界によって霧散する。あたたかな体温が瞼を覆い、伝わる鼓動に安堵する。啄むように触れては離れていく唇、まるで諭されているようだ。

「難しいこと考えてねぇで集中しろよ」

存外に低い声が鼓膜を震わす。

ああ、きっと今その胸に触れたなら熱いのだろうな。焦げるような赤に犯され、このまま潰れてしまえばいい。その指先を眼窩に潜らせ、視神経ごとポンコツなこの目を刔り出すのだ。そうしてその睛とともに並べてくれればいい。

ああ、哀しみに暮れるお前を見る為に俺は。



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