「はっ、金太郎か。顔に似合わずいい名前持ってんじゃねぇか」
「やめて。金太郎はやめて」
奥のデスクに座っていたのは若いオーナーだった。歳は変わらない、あるいは下かもしれない。そんなキツイ目をした男に一睨みされた後、坂田は一言合格と言い渡された。互いに自己紹介さえしていない。坂田を連れて来た山崎が呆れたように名前を、と言うので、素直に答えればこれだ。
(絶対に馬鹿にしてる。)
「志望動機は」
「え、そんなん聞くの?てか合格じゃなかったの俺」
「別に、聞きたい気分だったから」
暗い照明の中でぼうっと煙草の火が点る。浮かび上がった青白い顔がにたりと笑んで、その様にぞわりと坂田の背筋が奮えた。
凶悪というよりも狂暴。
何もかも解りきっているとでもいうような、笑えないその瞳に思わず興奮する。
「志望動機ねぇ、」
「その答え次第で、今後のテメェの待遇考えてやるよ」
「へえ」
じゃあ明日からナンバーワンくれたりする?
なんて坂田がくすくすと笑えば、男は紫煙をゆったりと吐き出し愉しそうに口角を吊り上げた。
それが合図なのか、それとも何かを察したのか、山崎が静かにその場から退室した。
扉の閉まる音の後に訪れた、心地の好い静寂に浸る。カーテンで外の明かりを遮断された窓を見つめる男。手を伸ばせば触れられる距離まで近付けど、まるで坂田など居ないかのように何も瞳に映さず男は喫煙している。
妖艶すぎる唇から煙草を奪い、噛み付くように接吻をした。ぬるり、生暖かい舌が絡み合い、銀の糸を引いて離れる。
「っ、は」
「アンタを俺のモンにする為にこの店に来た」
坂田は自身の冷めた唇を舐め、僅かに残った男の苦くて甘い味を堪能する。
さあ何点、と両腕を広げれば、弾ける様に男が笑う。
く、ははっ、は!
ぐい、と襟首を引かれて坂田の耳元に男の唇が触れる。
「これから女相手に絵空事吐き出す野郎が馬鹿言ってんじゃねぇよ」
便所掃除やっとけ、と毒さえ孕まない言葉を残して、男は部屋を出て行った。