卑猥に誘うネオンの光にクラクラと何処か惹かれるような眩みを感じて、土方は深く嘆息した。知り合いに強く誘われたからとはいえ、歌舞伎町なんて酷く場違いな気がする。夜の街なんて勝手が解らず、ぐるぐるとまるで初デートに臨む乙女のように悩んだが、結局普段と同じ黒いジャケットとスラックス姿という出で立ちで。しかし擦れ違う人々の好奇に満ちた視線に何処か可笑しいのか、とショーウィンドウに映った自分を見つめる。何時もと何ら変わらない見慣れた己の顔は、緊張のせいか固く強張ってはいたけれど。もうすぐあの人に逢える、期待の色に染まっていた。

「此処で合ってるよな……?」
この辺りでも一際派手な建物を目の前にして土方は思わず一歩後退った。唐突に届いた身に覚えのない豪奢な封筒を、恐る恐る指先で開いたのが一昨日のこと。封筒に負けず劣らず煌びやかな招待状と思しき厚紙に同封されていた、丁寧な細い線で描かれた此処までの地図をくしゃりと握りしめ、いよいよ増してきた場違いな気分と緊張感に重量感のあるドアの前で固まっていたその時だった。

「あ、来てくれたんだ!久しぶり十四郎」

すれば、いきなり重々しく開いたドアにビクリと肩を震わせると、酷く懐かしい声がした。あ、とゆっくり仰ぎ見ると其処に立っていたのは、何度も見たことがあるはずなのに、全く別人のような男。
地毛だという絹糸のような金髪は、そこら中にありふれたものの野暮ったさは欠片も感じられない品のあるもので。以前は眠たげに開かれていた双眸も、いかにもホストらしい悪戯っぽさがあり、男を香らせるものに変化している。へらり、と片手を振る姿はあの時と同じままなのに、己だけが過去に取り残されているようで、酷く虚しかった。
こうして逢うのも、およそ三年ぶり。決して止まりはしない、流れゆく時間の中で自分が知っていたはずの彼が居なくなってしまったことが少々寂しい。だからだろうか、こんなつまらないことを延々と思考するのは。
放っておけばネガティブ思考の無限ループに填まりそうで、土方はキラキラとした笑顔を浮かべた金時に近づいた。

「ちったあマシなホストになったのかよ」

違う違うそうじゃないだろ俺ぇぇ!仮にも二年ぶりに出逢えた、それも一方通行の片恋慕していた男に対して吐く台詞じゃない。自分の性格をこの上なく呪っていた土方だったが。
「久しぶりなのにそれはないんじゃないの、十四郎。そんなとこも変わってないじゃん、可愛い」
金時は軽く笑って手を取り、まるで上客の女性のように丁重にエスコートしていった。

「いらっしゃいませ、ようこそ十四郎」
優しく微笑む彼は、間違いなくこの店のナンバーワンで、表に飾ってあった大きな写真は確かに見間違いなどではなかったと早々に白旗を上げるを得ない程、彼のホストっぷりは板についていた。以前知っていた彼は何処へ行ってしまったのかと問いたい程で、マダオの脱却と成長は嬉しいものではあったのだが。再びまた負の思考連鎖に入りかけていたのに気付いて深く嘆息した。

天井でキラキラと輝く暖色の照明は、ふわふわと煌めく金髪をこの上ない程魅惑的に照らしている。そして、心持ちシャープになった端正な顔に浮かんだ淡い笑みは、成る程人を惹き付ける力があって。数年前とは顕らかに違う、男としての魅力に惹かれると共に今まで彼に接客された女性達が恨めしい。元彼に未練がましく想いを寄せる女みてぇじゃねえか、という自身に入れたツッコミは余計に惨めにさせたが。
それでも、桁違いに格好良くなった彼を眺めるのは飽きなかった。


「どう、今日は楽しかった?」

きゃあきゃあと四方から女性の喚声が絶えず、賑わしい空気に終始肩身の狭い思いをした以外には十分に楽しかったと思う。数年前に彼と一緒に過ごした時は飲酒できる年齢に達していなかったから、共にグラスを傾けるというのは新鮮だった。金時が特別酒に強かった記憶は無いが、慣れたのだろうか、女性客に呼ばれる席から席で楽しそうにアルコールを煽っていた。燻るような嫉妬心は勿論感じていたが、成長した我が子を誇るような気持ちが大分に上回っていて。もう、あの頃の彼とは違う。己がいなくたって、立派にホストとしてやっていけるから。
だから、自分に出来るのは─────────、

「思ってたより結構楽しかったぜ。てめぇも割とまともにホストやってたんだな」
喉奥で笑って、目を細めて眩しい彼を見つめる。

「じゃあな」
クルリと背を向けて、ひらりと右手を振った。




自分の格好は変じゃないか、と土方を迎える前にもう一度確認する。彼の好みに合わせようかとも考えたが、やはり着慣れた物かと純白のスーツをバサリと羽織って念入りに皺を伸ばした。
「どうしたんですか金さん、気合い入ってますね」
不思議そうに首を傾げた新八に苦笑して。
「今夜は大切なお客様が来るからな」

数年ぶりに逢った土方は、随分な男前に成長していた。高校時代から大人びていた彼だったが、顔から身体まで大分に線が細くなっていて。こんな彼を果たしてホストクラブの敷居を跨がして良いものかと悩んだが、招待した手前無下に扱うわけにもいかない。しかし、女性客は勿論同僚のホストらにもこんなに綺麗な彼を見せるのは己の中の何かに憚られる。どうにか沸き上がる独占欲を押し殺すと、ふわりと笑みを浮かべて土方をエスコートした。

空白の数年間を埋めるように、俺の舌は普段よりも三割増しによく回った。ぽつぽつと語ってくれたところによると土方は第一志望の大学をパスし、現在無事三年生課程を履修中らしい。寡黙な性格は以前とそう変わらないけれど。最初ドアの前で目が合ったときの、ちったぁマシなホストになったのかよ、と少しだけはにかんだ口元の衝撃といったら、どうしようもないほど愛おしさが込み上げた。

「金さん、アイコ様が」
「今日は悪いけど土方いるから」
耳打ちする男に金時は不機嫌にいらえを返す。指名は自体は有難いが、愛しの土方をほっぽって他の客のテーブルに付くなど考えられない。
「指名されたのか?俺のことはいいから仕事してこい」
だが金時のそんな熱情は素っ気なく吐き出された台詞によって無常にも霧散した。

楽しくねぇ。
土方に追い出される形でテーブルに付いたのはいいが、脳内は土方一色、集中力は壊滅的な状況である。仕事は仕事、其処は腐っても社会人としての常識は心得てるから決して不機嫌な様子など微塵も見せはしないけど。ああもうまじで土方が足りない。待ちに待った三年、やっと逢えたのに。溜まりに溜まったフラストレーションでプスプスとショートしかけた脳内に、正直に言うと女の声が非常に疎ましい。普段通りの笑みを浮かべつつ、金時は土方の細い首筋や長い睫毛に縁取られた黒曜の瞳を思い描いてやり過ごした。

そろそろ帰る、ボソリと告げられた土方の台詞に慌てて金時は立ち上がる。家まで送りあわよくば中に侵入したいところだが、今はまだ勤務中。泣く泣く諦め、せめてタクシーに乗り込むまでは、と絢爛に装飾された無駄に重たいドアを開いた。

「どう、今日は楽しかった?」

元々喧騒が苦手な土方にとって、ホストクラブなど楽しくも無かったのかもしれない。肩身の狭い思いをさせてしまった、と苦々しく唇を噛み締める。数年前に彼と一緒に過ごした時は飲酒できる年齢に達していなかったから、共にグラスを傾けるというのは新鮮だった。以前から土方は酒に強いイメージは無かったが、そこまで飲んでないにも関わらず、頬は少し桜色に染まっていて非常に美味しそう……ではなく、若干酔っているよう。他のテーブルについている間は信頼の置ける後輩に土方を任せてはいたが、燻るような嫉妬心は勿論消えていたわけではない。もう、あの頃の自分達とは違う。一緒になったからといって邪魔するものはない、立派に恋人としてやっていけるから。
だから、自分に出来るのは─────────、

「もう一度土方に逢えて本当に良かった。三年間、お前を忘れたことなんてなかったよ」

一度は離れてしまった君と、やり直すことの筈なのに。
「じゃあな」
何故君は、俺に背を向けて、ひらりと去ってゆくのだろう。




唐突に突き放されてから数秒後、ネオンの騒がしい雑踏に紛れつつある土方の細っこい背中を見失わないよう、必死で走った。スタスタと早足で人混みを抜けてゆく土方の右袖を捕まえたのは、歌舞伎町の外れにある寂れた公園で。
ベンチに強制的に座らされた土方は流麗な柳眉を吊り上げてはいたが、更けた夜に溶け込む漆黒の双眸は何処か困惑の色を映していた。
「土方、何で逃げたの」
「こっちこそ聞きてぇよ、何で今更追いかけて来やがった」
なんで、と乾いた唇で震えるように呟く土方の酷く弱々しい姿に堪えられず目を逸らした。
「お前は俺に言ったじゃねぇか」

一緒にいられない、って。
だから諦めたのに。
本当はずっと隣に寄り添っていたかった。
三年もの歳月を経て漸く、諦めがついたのに。

「俺は今更、そんな言葉許さねぇよ」

だって、あの時のお前の言葉、ずっと忘れないから。
忘れ、られねぇから。
あの言葉だけを抱いて、俺は此処まで来たから。
お前に貰ったあの言葉が在ったから、此処まで来れたから。

「だっててめえは確かに俺に言っただろう」

───────『互いの夢の為に、さよならしようか』、って。


蛍光色を纏ったネオンの光だけが、二人を細く照らしていた。




(忘れられない言葉を、ありがとう)


あの言葉があったから、今の俺は此処に立っていられるんだ



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