もう一度最初からはじめる | ナノ

すっかりイグニハイド寮に入り浸っている気がする

 ミステリーショップの品揃えは元の世界の最大手ネットショップを上回るだろう。2メートルを行き来する規格外な姿にもぴったりなパジャマを購入し、監督生はまた「性別入れ替え薬」片手にイグニハイド寮に急いでいた。

 イデアと打ち解けること一週間、金曜夜にゲーム夜会を行うのは二度目の事である。今日も異世界のゲームをプレイするのだと期待に胸を膨らませていた監督生であるが、イグニハイド寮に繋がる鏡に飛び込んだ瞬間絶句した。
 手摺の無い石階段、底の見えない崖から生えるような骸骨は不気味に青白い眼を光らせている。地獄を彷彿とさせる佇まいで、極め付けに三つ首の番犬が涎を垂らしながら侵入者たる監督生に今にも噛み付かんと呻いていた。

「監督生氏、遅かったね」
「ぅわっ!」

 まるであの世か地獄だと固まる監督生の肩に冷たい手が置かれる。恐る恐る斜め下を振り向くとそこには見慣れた青白い炎が揺らめいていた。

「イデア、先輩……よかったああ! イグニハイド寮ヤバ過ぎるんですけど!」
「この前は寮長室に直接繋いだし、ここに来るのは初めてでしたな」

 猫派を公言している筈のイデアは三つ首の犬の頭をわしゃわしゃ撫でながら「フヒヒッ」と不気味に笑った。我先にと競うように首が絡まる姿はまるで先程まで監督生に牙を剥いていた怪物とは思えない。
 一頻り毛皮を堪能したイデアは腰を抜かす監督生の手を取って引き上げた。ヒョイと持ち上げられ足を崩すのは、あろうことか彼女ではなくイデアの方である。

「な、ななな何!? 見掛けより軽過ぎる件について! い、異世界の人って骨少ないの?」
「あー……魔力の器官が無いからそうなるみたいですよ」

 学園長から渡された性別入れ替え薬の能書きに「これは生物に対する幻覚を纏う薬で本質は何も変わらない為、人体に影響はありません」といった注釈がある。体重が元の女の姿のままであるのもその所為だろう。
 勘付かれても厄介なので監督生は「元の世界じゃ女の人は羽ぐらいの重さで男もこんなもんなんですよ」と苦し紛れの言い訳をした。どうせ確認する術など無いのだ、言い切った彼女にイデアは一瞬興味深そうに目を見開いたが、話題はすぐにスター・ローグの内容に移る。

「レトロゲー故難易度設定はガバガバ、UIもとても褒められたものでは無いものの特筆すべきはそのストーリーの重厚さ! 所々に示唆される真の敵の存在がまた想像力を掻き立てる素晴らしい作品ですぞ!」
「スターフォックスみたいなゲームでしょうか。シューティングなら脳筋プレイのわた……僕でも出来ますね!」

 本日の部活動中、先走ったイデアが是非プレイして欲しいシリーズがあると言っていたのだ。盤面上の駒は正確に進めながら、そのシリーズがいかに伝統的かつ革新的かを語るさながら部活動終了のチャイムが鳴ったことを思い出す。

「……本当はオルトと三人一緒にプレイしたかったんだけどね」

 寮長室にて電源を落とすように眠るオルトに監督生は会釈した。スター・ローグはシュラウド兄弟にとって思い出深いタイトルらしい。
 短いクレジットの後、タイトル画面でイデアが「あ」と声を漏らした。

「今日も先にシャワー浴びる? 拙者はもう済ませてるし、タオルと服用意してるから」
「そうでした、服! この前はありがとうございました。洗濯して来ました!」
「そのまま部屋着にでもしてもらってよかったのに」

 紙袋に詰めた服と一緒に駄菓子を差し出す。性別入れ替え薬に重ね掛けの概念は無く、きっちり十二時間後、効果が切れた後に飲まなければならないのだ。
 モニター下の時計はまだ十九時を指している。少なくともあと一時間は時間を稼がなくてはならない。

「監督生氏、気を遣い過ぎでは? たかだか二年早く産まれただけなんだから拙者のことはただのゲーム仲間程度に思ってもらって構わないんですぞ」
「礼節は元いた世界の常識でしたから。これ、手が汚れないしゲームしながら食べるのに最適なんですよ」

 元の世界でも勉強のお供として重宝していた駄菓子を食べながら二人はレトロゲームの世界に入り込んで行く。とは言え何周もしていると言うイデアはもっぱら見る専門で、実際にプレイするのは監督生一人だ。一時間、丁度良く挟まれた敗北が確定したイベントをキッカケにシャワールームに向かう。性別入れ替え薬を飲み干し戻った時イデアは「負けイベに勝った件について」なんて高らかに笑っていた。

 理不尽な難易度と訳知り顔の野次が飛んで来る都度コントローラーを床に叩き付けそうになった監督生であるが、挟まれる重厚なストーリー展開に心奪われていく。元いた世界ではファンタジーRPGと言えば勇者が魔王を倒すストーリーが定石だったが、さすが魔法の世界と言ったところか、主人公は魔法士だ。ヒーラーとアタッカー程度の区別しか無かった筈の魔法職も細分化されており興味深い。画面の上はドット絵走るレトロゲームの筈なのにAIの優秀さや膨大な容量、バグの無さも見上げたものである。

 ついにクリア画面に到達した時、イデアの部屋の分厚いカーテンの隙間から朝陽が差し込んでいた。結局今日も寝ずに一日を過ごしてしまった。
 二人して重い目蓋を擦りながら「そろそろ解散だね」とどちらとも無く宴の終わりが告げられる。荷物とゴミを纏めた監督生は背骨をパキパキと鳴らしながら大あくびを洩らした。

「にしても異世界のゲーム超面白いです! さすが魔法の世界だけあって、ファンタジーが無理なく調和してるっていうか」
「気に入っていただけたようなら幸いですぞ」
「あー、記憶消してもう一回最初からやりたい!」
「え、どうして? ゲームでも現実でもこれから先何が起こるか分かってた方が楽だし、雑魚を一掃して俺TUEEEすることこそがゲームの醍醐味では? 拙者は強くてニューゲーム派ですな」

 レトロゲーム故に魔王を倒しエンディング画面を終えた後、始まるのは魔王戦前の最後にセーブした画面である。監督生があれ程苦戦したラスボス戦を、まったく同じステータスのパーティで三ターンで始末したイデアが駄菓子のゴミを机の上に放った。

「ソレはイデア先輩が魔法士だからですよ。未来予知とかできるんでしょ?」
「……魔法は万能じゃないけど、自分の未来ぐらいならわかるよ」
「魔導工学で成功してる姿とか? 天才って凄いですねー」
「そんなんじゃなくて」

 何度も画面上のラストダンジョンを攻略するイデアが空虚に笑った。

「記憶が無かったらまた絶望することになるじゃん。ブロット溜まるしめんどくさいし無理ゲーすわ」
「確かにそうですけど、悩むのも楽しみだし。ラッキーが起こった時喜べなくなりますよ?」
「……僕にラッキーとか無いから。あ、この駄菓子持って帰る? 魚味だからグリム氏も喜ぶと思われ」
「ありがとうございます。うわ、めっちゃ魚のにおいする」

 基本的に部屋から出たがらないイデアは駄菓子のほとんどを箱単位で購入している。「魚味!!!」と書かれた雑なパッケージは封を切るまでもなく猫の食欲をそそりそうな香りを放っていた。

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