もう一度最初からはじめる | ナノ

ゲームで距離が縮むなんて男子小学生みたいだ

「今日の何でもない日のパーティ、トレイ先輩が新作タルト作ってくれるらしいんだけど来るよな?」
「ふなっ! 絶対に行くゾ!」
「僕は部活あるから、また誘って」

 最近付き合いが悪いと口を尖らすのは、監督生に部活動を提案したエース本人である。ボードゲーム部への入部から一週間、監督生は連日イデアとアズールに惨敗し悔しさで眠れない日々を過ごしていた。
 そもそも監督生は、何かに没頭することも執着することも無い平凡な人間だった。就職先はどこでもいいしお見合い結婚で構わない、いつ死んでも問題無いとさえ考えるお手本のような「無気力現代人」で、加えて大した特徴も無い。
 そんな自分が魔法の異世界に飛ばされて、薬の効果とは言え2メートルを越える長身男子になっただけでも驚愕だ。しかしそれ以上に、まさかここまで勝ちにこだわるようになるとは想像したことも無かった。

「監督生さんはいらっしゃいますか?」
「げ、アーシェングロット先輩が呼んでるぞ。一体何したんだよ……」

 例えばこのように、彼女を呼び出しにわざわざ教室まで来てくれる交友関係も無かった。異世界も悪くないと、監督生は入口でモーセの如く人混みを割るアズールの元に進む。

 弱冠二年生でオクタヴィネル寮長を務めるアズール・アーシェングロットは、物理的に危なげなあの双子を差し置いて「ヤバい奴」として有名らしい。親切で柔和そうな外面を一枚剥いだらとんでもない悪徳っぷりを見せるのだとエースが語っていた。確かにその一面は部活中の監督生への煽り文句からも垣間見えている。

「何かありました? 元いた世界の話だったらガッツリ時間取ってからの方が良いと思うんですけど」

 そんなアズールは監督生が元いた世界にいたく感心を抱いているらしい。商売になりそうな情報がどこに転がっているか分からないと、先日も部活の合間に公営ギャンブルや保険業の話をしたばかりである(とは言え、監督生の知る限りの浅い情報ではあるのだが)。
 まさか授業合間の中休みにも訪れると思っていなかった監督生であるが、アズールは「それはまた改めて」と苦笑した。

「今日の放課後は大事な商談がありまして。部活に顔を出せないとイデアさんに伝えていただけませんか?」
「あー、あの人教室にも顔出さないんでしたっけ。了解です」

 部室以外ではあの青い炎を見せないイデアを思い出し、二人は呆れたように笑った。
 事務的な会話を終えアズールを見送った監督生に、デュースがおずおずと「大丈夫か?」と袖を引く。入学当初は散々陰口を叩いてくれていた筈のクラスメイトですら口々に「脅されてないか?」「相談乗るぜ」と心配の言葉を投げ掛けてくれている。
 アズールは一体裏で何をしているのだろうか。気にはなるものの深入りは身の為にならないと思い監督生は「大丈夫だよ」と返事した。

「まあ、何かされたとしても僕だったらフィジカルで勝てるから」
「そ、それもそうだよな! 心配して損したぜ!」

 長身も便利なもので、教室の全員が胸を撫で下ろすように溜め息を吐いた。思えばボードゲーム部に入部してからと言うものの監督生の吐く息の数は減っている。
 きっと自分だけの居場所が手に入ったお陰だろう。嬉しさにニヤける顔を見たグリムが「最近の子分は変なんだゾ」と吐き捨てた。





 放課後一番に教室を飛び出すのも最早日課の一部である。今日はどのゲームでイデアを負かしてやろうか。一度も勝てた試しが無いのに監督生は「どんな言葉で煽ってやるか」で頭をイッパイにしていた。
 終礼から三十分後、いつものように社長出勤をキメたイデアが部室のドアを開ける。「乙ー」と繰り出された声は心無しか普段より張りがある。

「お疲れ様です。イデア先輩、今日はなんか元気ですね」
「マッスル紅氏と夜通しネトゲやってて。今回のランクマも無事SSSランクを死守できて安心すわ。業時間にしっかり寝たから好調好調」
「え」

 ネットゲームはやめどころがわからないとイデアが語る。つらつらと延べ連ねられるクエスト内容より、監督生はそもそもの概念に驚愕していた。

「この世界ってテレビゲーム有りなんですか……?」
「え? ふ、普通にあるけど……逆に君がいた世界にもゲームあったの?」

 互いに面を喰らっている。いわばこれは異世界との邂逅だ。
 ツイステッドワンダーランドはクラシカルで幻想的な魔法の世界である。そんな場所でゲームなんて俗っぽい代物があるとは考えたことすら無かった。一方イデアも、魔導工学の全てに感嘆を漏らす監督生を見て、元いた世界とやらは余程文明が発達していないのだと感じていたらしい。

「スマホもあるんだからちょっと考えれば分かると思うんですが。君ってやっぱり馬鹿?」
「イデア先輩に比べたら大概の人間はアホですって。それよりどんなジャンルやるんですか?」
「FPSとかMMO中心にRPG音ゲーソシャゲとかなんでも嗜むけど……」
「こっちの世界でそんな言葉聞けるとか思ってもいませんでした! イデア先輩ってヘッドショット上手そうですね」
「そ、それって褒め言葉として受け取っていいわけ? 君は脳筋プレイに違いありませんな」
「事実だから反論できません……」
「君の世界では……い、いや何でも無い! そそ、それよりアズール氏は? こ、こんなに遅いのって珍しい、よね」

 監督生の入部より一週間、イデアと彼女がこうして二人きりになるのは初めてのシチュエーションだ。思い出したように挙動不審さを見せたイデアは燃え盛る髪の火力を弱めつつフードを目深に被り肩をすくめた。

「あっ、忘れてた! アズール先輩は大事な商談があるから今日はお休みするって」
「そ、そうなんだ……」
「……今日は解散しますか?」

 縮こまるイデアの考えるところならば何となく理解できる。イデアは入部の際も良い顔はしていなかったし、聡明な上に付き合いの長いアズールとは違い自分は迷惑がられているに違いない。

「ひっ! え、ええと……」
「気にしないで下さい。僕みたいな弱くて訳分かんない奴と対戦しても先輩は全然楽しくないですよね」

 少しは心を開いて貰えているものだと自負していた監督生は悔しい気持ちを愛想笑いに隠し荷物をまとめた。
 今日一日躍起になって考えていた「イデアを負かす方法」を放棄して部室の扉に手を掛ける。が、それを裏返ったか細い声が静止した。

「ま、待って! その……嫌だったら断ってくれていいんだけど、あの、よ、よかったら一緒にやる?」
「チェスですか?」
「ボドゲじゃなくてテレビゲーム! 異世界のゲーム事情聞ける機会なんて普通は無いし、いや君が異世界から来たって本気で信じてるわけじゃないけど? でっ、でもアナログゲーは苦手でもデジタルなら少しはマシかもしれないしだから……って陽キャの君が僕みたいな髪燃えてるオタクと一緒にゲームするとかあり得ませんわな。ごめん」
「やります! 絶対やる!」
「……ファッ、ほ、ほほ本当に僕なんかと一緒に?」

 ゲームならば監督生も元いた世界でそれなりにやり込んでいた自信がある。何より先進的でファンタジックな異世界の事だから、自分の常識を簡単に上書きするような機能が実装されているに違いない。
 などと言う単純な興味も勿論であるが、あのイデアが自ら誘ってくれた事が嬉しかったのだ。「ほんとにいいの?」とイデアがダメ押しに問い掛ける。監督生は笑顔で頷き、イデアの細い腕を掴んだ。





「最近はVRとか出てますけど、高いし画質悪いし対応してるソフトが無いしでそこまで流行ってはないんですよね」
「なるほ。単純な科学水準じゃこっちも君の元いた世界もそこまで変わらないとな。興味深いすわー」

 ナイトレイブンカレッジでは寮と校舎は「闇の鏡」を通して行き来するのが一般的だ。鏡舎への道中、超長身の監督生とレアキャラたるイデアの組み合わせは珍しいらしく、昼に教室を訪れたアズールの時と同じく人混みが勝手に割れていく。
 当然普段以上のひそひそ声も耳に入った。最早慣れたもので気にも留めていない監督生の一方で、イデアは顔を全て覆い隠さんばかりの勢いでフードを深く被りいつも以上に背中を丸めている。

「ご、ごめん……拙者のせいで、色々言われて」
「え? 僕の陰口だから大丈夫ですって」
「……君は異世界から来ただろうからシュラウド家の事は知らない、よね。でも僕の髪が燃えてることとか気にならないの?」

 青白く燃え上がる毛先を指に巻き付けながらイデアが言った。ありえない、そんな状況この一ヶ月で監督生は嫌と言う程経験している。
 猫っぽいモンスターが人語を喋舌ったり、何も無い空間から大釜が出現したり甘いお菓子が全く違う味になったり、不味い液体を飲むだけで身体が男性になるなんて最たるものだ。だから今更イデアの髪なんて少しも気にならない。

「いえ、別に?」
「で、でも普通じゃないし……」
「魔法の世界に普通は通用しませんって。そんなことよりタブレットが浮いてる原理の方が気になるんですけど」
「……そっか」

 心なしかイデアの表情が明るくなったと、監督生は思った。

「監督生氏、明日休みだしどうせなら夜通しゲーム三昧なんてどう……かな」
「激アツですね! ……あ、ちょっとオンボロ寮寄ってから行きます。色々準備しなきゃいけません、し」

 本日二度目のイデアの提案にまたも即答したものの、監督生は揺るがしようの無い問題を思い出した。今のこの男性姿は性別入れ替え薬によるもので、その効力は十二時間で切れてしまうのだ。
 女だと言うことがバレてしまったら即退学処分である。時刻は十七時、毎朝八時に薬を飲む監督生にとって、残された時間は三時間しか無い。

「拙者の部屋着でよければ貸すけど。歯ブラシとかはミステリーショップで買えば事足りるかと」
「え、っと……グリムに伝えとかないと……みたいな? すぐ戻るのでちょっと待っててください!」
「ひぇっ、こ、こんなに人通り多いこの場所で? そそそそんなの無理ゲー……って、監督生氏!?」

 イデアの悲痛な叫びの中、監督生は全力疾走でオンボロ寮に駆けた。
 寮内談話室のテーブル上にグリムの下手くそな置き手紙が残されている。「はーつらびゅるでえいがみてくるぞ」、どうやらエース達と映画の観賞会をするらしい。
 手紙の隅に「わたしも遊びに行ってくる」と走り書きをして、薬と歯ブラシを袋に詰めて駆け戻った。柱に隠れるようにしてフードを被ったイデアが「監督生氏、走るの遅いですな」と真っ赤な目で笑った。



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